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20/5「クロウラー」

20/5「クロウラー」

 フラットラインの戦いは政治的な意味合いが強い。もともと共同体の目的が戦端を切ることそれそのものにあるのであれば共同体は目的を果たしたとも言える。ただし、ここまでの大惨敗を喫することは想定外のはずだった。各国は共同体の次の動きに注視する一方で共同体の大失態に乗じる手を模索し始める。

 もちろん、WOZもその一つである。

 フラットラインの戦いの二日後、ギガンティアは動ける騎士の全てに招集をかけた。その日、早くに円卓に参じたのは保守派のジングウジと中道派のニジョウだった。

「お早いですね」

「おかげさまで方々から情報の催促にあっていましてウンザリしていますのよ。まともに喋れることなどないというのにね。ここにいれば少なくとも直接の応対はしなくて済みますから」

「ご愁傷様です」

 メディア王であるジングウジはギガンティアにおける実質的なスポークスマンでもある。内外で注目を集めるフラットラインの戦いの対応に追われていたのであろう、ウンザリ顔でメイクをチェックしていた。その手鏡越しにジングウジは鋭い視線をぶつけてきた。

「されるのはウンザリでも、する方はそうではありませんことよ。で、この先はどうなるのかしら」

「どう、とは?」

 惚けて見せるリーにジングウジはそこまで深入りする気はないと身振りで示した。

「ま、この後わかるんでしょうけど、ね」

 からかわれているな。リーは苦笑する。実際、ジングウジの言う通り、さほどかからずにそれは解るだろう。徐々に円卓の席が埋まりだすと立場の異なる者が顔を突き合わせていることもあって会話はなくなった。後はギガンティアを待つのみである。

 騎士に叙されている者全ての招集は近年ではよほどの大事でしか行われない。つまりこの戦いに乗じてWOZが行動を起こすことは間違いない。普段なら呼ばれでもしない限りは円卓には近づかないシミズもこの日ばかりは姿を見せていた。

 この日、円卓に参じたのは12名の騎士のうちの9名。

 保守派ユリウス・セルシウス・アスター、コウサカ・レオノール・ホロク、シンドウ・アスカ・ジングウジ。

 中道派カタリナ・エルロン・オスロ、ニジョウ・リー・マハル、マチルダ・レプティス。

 実働派ジン・ロマーリオ、セリーン・ホワイト、シミズ・マサト・リューベック。

 WOZの意思決定権を握るギガンティアの中にある3つの派閥は必ずしも政治的、思想的な対立関係にあるわけではない。保守派はギガンティア至上主義と呼べる派閥。実働派は実際にWOZを動かしている議会や民に重きを置いた派閥であり保守派に対するカウンター、中道派は2派の間でバランスを取る役割を持っている。これらの騎士たちはギガンティアにおいて何らかの権利を持っているわけではない。ギガンティアとはギガンティアが全てであり、騎士とはその意思決定の一助でしかない。しかしギガンティアの意思決定に絡むことは円卓内の力関係、ひいてはWOZ内での勢力に関わるのである。

「3:3:3か。いい塩梅じゃないか」

 円卓に入ってきたギガンティアは機嫌が良さそうにしばらく円卓を見渡した。

「重畳重畳。と言いたいところだが。ヴェルネルはともかくオブニルとシノザキはどうした?」

 不参加騎士のうちの2人。カレン・オブニルとナガト・シノザキに関しては属する保守派の長であるアスターが答えた。

「シノザキはザルツカンマグートにて公務の最中。オブニルは興味がないので勝手にしてくれとのことです」

 ギガンティアは表向き寛容さを見せながらロマーリオの方に水を向けた。

「ヴェルネル君は火星の方に行ってると報告したと思いますが」

「たまには顔を見せろと言っておけ」

 ロマーリオは肩を竦めて本人に言ってくれという顔をした。

「さて、まずはコウサカ。報告しろ」

 黒いスーツにWOZ軍を象徴する黒外套を羽織るいつものスタイル。軍務局代表コウサカ・レオノール・ホロクは席を立つと淡々と報告を始めた。

 フラットラインでの戦いの顛末がレオノール自身から説明される。それはただ事実を淡々と述べているだけであるはずなのにプロパガンダのように冗談じみた戦果だった。にも関わらず、それを疑う者はおらず喜んでいる者もいなかった。全員がコウサカ・レオノール、WOZ軍ならば驚くに値しないと思っている。

 コウサカが報告を終えて着席すると騎士たちは互いに視線を交わしてタイミングを伺いはじめた。

「派手にやりすぎでは?」

 苦言を呈したのは実働派の長ロマーリオである。保守派の大手柄を牽制するこの言葉はややすればやっかみとも捉われかねないが彼も何の理屈もなく口にしているわけではなかった。

 象徴的に過ぎる。

「後から見て不必要な勝利だったということにならないか。ともかくこれで共同体は目的を果たしたわけだ。負けるべきだったというわけではないが、可能な限り穏便にことを治めるという手もあったはずだ」

「敵の目的がこちらの推測通りなら勝とうが負けようが同じでは?」

 オスロが当然の言葉を投げたがロマーリオはそれを待っていた。

「いいや違う。共同体との対決それ自体は避けられないとしても他の勢力に対して穏便に済ませることも考慮しなければいけなかった。今回の戦いで我々は無用な価値を示してしまった。我々は強い。火星はこれまで以上に警戒してくるだろうだし、地球は我々を利用しようとしてくることは間違いない。違うか?」

 だから派手にやり過ぎた。勝ちすぎなのだ。被害が出ない程度に納めるだけでも良かったのではないか?派手に勝つことはWOZではなくWOZ軍の都合であるとロマーリオは看破しており、それが結果的にWOZにとって不都合な展開を生んだと主張している。

 オスロは何か言い返そうとしたがその前に口を挟んできたのはロマーリオの主張する不都合の当事者であるリーだった。

「憂慮、大変恐縮でございます。しかしこの件に関しては対応を軍務局に完全に一任した次第。つまり、どのように勝つかも含めてその責任は我々外務局が預からせていただきます」

 リーの思わぬ言い草にロマーリオは沈黙した。彼の矛先は保守派に向けられており、中道派であるリーにその刃先を向けることは本意ではなかった。しかし納得はしかねる。ロマーリオの感情を預かったのはギガンティアだった。

「ふむ。それで、この勝ちすぎをどうするニジョウ?」

 問われたリーは満足げだった。ロマーリオをいなすことに成功しただけでない。この勝ちすぎはリーも望んだものだったのである。当然、その先のシナリオも準備してあった。

「世は星間大戦。星と星とが互いの覇権を巡り相争うこの戦い、元より無関係でいられるなど能天気というもの。我々は強く、価値がある。知られてしまったなら致し方なし。ならば、それを前面に押し出し、利用すべきでしょう」

 価値は利用してこそである。自分とは真逆の理屈を持ち出されてロマーリオは憮然とする。リーは最初からこのつもりだったのだ。

「つまり、打って出るか」

 不敵な笑みを浮かべてギガンティアは問う。これに直接答えずにリーはさらに場にカードを増やした。

「このところ月が不穏な動きをしております。彼らもまた星間大戦において勝利を得ようとしている。彼らにとっての勝利とは何か?」

 この問いに騎士たちはそれぞれ似たような想像をした。地球からの独立。共同体を打ち破り、宇宙勢力として覇を唱えること。そんなところだろう。同じ宇宙勢力としてシンパシーすら感じる。それはさらなる想像の飛躍を齎し、ある種の感情を呼び起こす。焦り、嫉妬。

「この流れ。座して見守るべきか」

 円卓をぐるりと見渡しリーは問う。いまだ沈黙を破る者はいなかったが出すべき答えは半ば決まっていた。

「コロニー国家共同体。彼らとの長きに渡る因縁もここらで決着すべきところではないでしょうか」

 そう結ぶとリーは着席し、後をギガンティアに任せる。ギガンティアは答えず、円卓を見回した。保守派は沈黙によって肯定の立場を取っている。これに対して異を唱えるのは実働派の一人であり、円卓最年少(実年齢上)のセリーン・ホワイトだった。

「つまり、無益な戦争に乗じて利益を得ようと言うことでしょうか」

 名で体を表すように高潔な道徳心を白いスーツに包んでいるホワイトはWOZの保健福祉局の代表で、社会福祉に命を捧げるモラリストであり、明確な反戦・非暴力主義者だった。3大貴族ロマーリオ財団の運営する養護施設出身のホワイトは実働派、というよりはロマーリオ派というべき立場にあり、その極度の高潔さは同じ実働派であるシミズ、ヴェルネルの両名にすら失笑されることがある。今回の場合もホワイトの発言は「またか」としか受け止められなかったがギガンティアはそれを無視することはない。

「ふむ。ではホワイトは対共同体に関してはどう当たるべきと考える?」

 問われたホワイトは憤懣を満たした目で周りを威嚇した。

「愚かしい戦いに加担などして同じレベルに落ちることなどありません。我々WOZは孤高を貫き、救いを求めるものにのみ手を貸せばよろしいのです」

 隣の席のマサトは心の中で拍手を送った。ホワイトに賛同したのではない。ホワイトは本音ではこの世から完全に戦争をなくしたいし、そのためなら共同体に乗り込んで熱弁振るうくらいはしたいところだろう。しかしそれが無意味なことくらいは理解しているので自国だけでも戦争とは無関係でいさせたいわけだ。ホワイトの言い分は本音を抑え込みつつ、彼女なりに妥協をして導き出した解なのである。ギガンティアに受け入れられるかはともかく、上等な献策ではある。

 再びギガンティアが周りを見渡した。そして嫌なことにその視線は円卓を一周してマサトで止まった。

「シミズ、どう思う?」

 うへぇ、と感情を隠さずにマサトはパスを身振りでしめしたがそんな手は円卓には用意されていない。周囲からの視線を一通り撃ち返してからマサトは自分の立場を表明した。

「まぁ大義をどうするかですね。共同体を脅威と見積もるにはこっちは強すぎちゃうわけで。ただの侵略者になっちゃうのはどうなんですかねぇ」

 大義。共同体を安全保障上の脅威と見積もるにはWOZは強すぎることを証明してしまった。さらに月やジェンス社と一緒になって共同体を攻め立てるのは苛めも同然ではないか。

 馬鹿々々しいとは思いながらもマサトは立場上からそのような理屈を立てた。

「シミズ殿としてはお辛い立場ですわね」

 ジングウジの同情とも皮肉ともとれる茶々が入る。心の中では拍手をしているに違いない。マサトは目を細めてジングウジを睨みつけた。実際、実働派に属しながら保守派のコウサカとも密接なマサトはこの件に関して微妙な立場となる。WOZが戦争に加担すれば軍需企業ISE社を持っているシミズの立場は大きく保守派に傾くことになる。どっちに転んでもいい一方でどっちに転んでも面倒なことになるのである。

「確かに弱い者いじめはよくないな。オブニル辺りなら先に殴ったのは相手の方だと言いそうだが」

 どこまで本気なのかギガンティアはしばらく考え込んだ。ほとんど流れは決まっており他の者は敢えて口を挟まない。沈黙に耐えかねるように再びロマーリオが抵抗を試みた。

「勝てることを前提にしているようだがそんな保証がどこにあるのかわからないな。共同体が勝つことはないにしても月と地球を競争相手にして果たしてどれだけのものが得られる?出し抜けたとして共同体の残りかすを得ることが重要とも思えない。こちらが今以上に力を持てば下手をすればこちらが第二の共同体としてやり玉に挙げられることにもなりかねない。我々にとっての共同体の価値とはまさにそれだったはずだ。従来体制を維持する方がはるかに実りがあるように思えるが」

 星間大戦によって構成された秩序。その中でコロニー国家共同体は火星が弱くなり過ぎないための緩衝材の役割を果たしてきた。共同体は大きくなり過ぎても困るし、小さくなり過ぎても困る。また政治的にどちらかに偏っても困る。これを上手く利用し、維持してきたのがWOZである。共同体が消えればWOZの価値は大きく変化することになる。当然、これまでの立場は維持できないだろう。

 ロマーリオの理屈はもっとも悲観的なシナリオだったが一定の現実味を有しておりリーに対処を必要とさせた。

「従来体制の維持は我々の都合だけで成立するものではありません。こちらがいくら状況の堅持を志向したところで他がそれに賛同するとも限りません。実際、状況は変化に流れているのです」

「かといって見通しもなく変化に加担してどうするのか。今ならむしろ抑制に加担することでより立場を強化できる可能性もあるんじゃないか」

「具体的にどうぞ」

 リーの眼が鋭さを増した。ロマーリオは抵抗するあまり迂闊な領域に踏み込んだことを自覚した。

 従来体制の回帰を志向する勢力への加担。それはつまりプロヴィデンスへの加担に他ならない。従来の立場を堅持しつつもその構成者に借りを作ることができる。これはこれで有力な手であるはずだがこの方策を主導するだけの具体的な策をロマーリオはもっていない。

 口先だけであることを見透かされたロマーリオはそれ以上踏み込まなかった。

「具体的な手立てをプロである君たちに語る必要はないだろう。ただ従来通りの栄光ある孤立は今だ失われているわけではない。それを自ら捨てる必要はないはずだ。リスクに見合うだけの価値があるのかどうか、それを示しもせずに実行するのが侵略戦争ということを国民は納得するだろうか?民意に反するような戦争など実働派として許容できない」

 上手いな。冷笑しながらもリーはロマーリオの躱しに一定の評価を与えた。実際のところWOZの人間の多くは現有秩序の維持の方を望んでいるだろう。共同体との戦いによって得られるものなど多くのWOZ国民にとっては無関係なものになる。これを無視してまで得るべきものがあるのかどうか。もちろんリーらはあると考えるからこそ話しているのだがその性質上、説明はできない。

 ギガンティアは静聴を維持しているが話は五分に戻ったように思われた。リーは円卓を見回し、保守派の面々に水を向けたが3人は沈黙を貫いた。

 優勢に立ったと確信したロマーリオはさらに畳み掛けた。

「ギガンティアのご意思であるなら国民は従うでしょう。しかし納得するかどうかは別の話。この件で懐疑心を抱くようなことがあればひいてはギガンティアの威光にも影を落としかねません。慎重な判断が必要ではないでしょうか」

 ロマーリオは自らの結びに自信をのぞかせた。しかしその自信に泥を被せる者がいた。ジングウジが明白な嘲りを含ませた言葉を送る。

「保守派のようなことを仰る」

 ジングウジの茶々はロマーリオの理屈が実働派としてのスタンスと異なるものであることを曝け出しただけでなくそれを自覚していなかったロマーリオの自尊心に痛烈な一撃を喰らわせた。完全な藪蛇をしてしまったロマーリオは屈辱に顔を歪ませて以後沈黙してしまった。

 くわばらくわばら。中道派のリーは日ごろから両派を敵に回すことの損得を勘定しているが中でもジングウジを敵に回すことだけは真っ平だと思っている。

 ジングウジの茶々によってロマーリオにケチがつき、場の流れは再び解らなくなった。そのやり取りをなかったことのようにしてギガンティアはリーに問う。

「ニジョウに問おう。お前たちが、我らがやろうとしていること、得ようとしていること。それは大義なり、民の同意と釣り合うものか」

 首を垂れてリーは即答した。

「そう信じます」

 何の理屈もない返事にロマーリオなどは眉を顰めた。しかしそれに満足したのかギガンティアは笑みを浮かべた。

「よかろう。そもそもそのための我だ。民意も大義もなしでいい。お前の好きにせよ」

 ホワイトが腰を上げかけたのを両隣のマサトとロマーリオが制止した。ギガンティアの決定。それはあらゆる要素を無視して優先されるものなのである。

 人目もはばからずリーは大きく息を吐いた。しかしすぐに表情を引き締め即座に話を次の段階に移す。

「まずは切り崩しです。今のところ主導権を握っているのは月ですが、これは我々にとっては好都合。月を介しての大戦参画であれば地球との緩衝にもなる」

「月にとっての地球、WOZにとっての月ということですわね」

 悪辣な発想をジングウジは嘲笑ったがリーは動じることもなく丁重に無視した。

「月との交渉を許可していただきたい。必ずやジェンス社を抑え込みつつこちらの利益となるよう導きます」

 ギガンティアは席を外した。

「ライナー、ティアフォルク」

 ギガンティアの声に四阿の隅にいた2人の男が反応した。俗に右の羽と呼ばれるキール・ライナー・アルトマンと左の羽と呼ばれるエルンスト・ティアフォルクの2人は騎士以外で円卓にいることを許されるギガンティア直属の実行者である。

「どっちでも構わん。しばらくニジョウと行動しろ」

 円卓がざわついた。

 右の羽、左の羽の役割は大きく3つ。1つはギガンティアの命を実行する役割。これは主に暴力を手段としている。2つは監視。3つは意志代行である。この両名にはギガンティアに代わってWOZの意思決定をすることが許されている。両羽が同行する、ということはつまりギガンティアが同行することと同義なのである。

 2人は顔を見合わせた後にティアフォルクが口を開いた。

「コウサカとシミズの方はどうするんだ?俺たちの身体は1つだ。3つは無理。ガキでもわかる道理だが」

「シミズ、いまなにか企んでるか?」

 話を振られたマサトは空々しく肩を竦めて見せた。

「滅相もない」

 失笑の雰囲気が流れたがギガンティアはこれを無視した。

「では、シミズはしばらく大人しくしてろ」

 これで一つ空きができる。2人は再び顔を見合わせ、今度はライナーが口を開いた。

「俺が行こう」


 円卓会議を終え、ギガンティアが宮殿に入ると騎士たちはそれぞれ一息ついて役割に戻っていく。手早く周りに挨拶を済ませるとリーはいち早く円卓を離れた軍神を追いかけた。

「戦勝お見事」

「第二段階突破だな」

 コウサカはさも当然とでも言うようにその件に関しては何のリアクションもせずに次の話をした。

「アルトマンは厄介だ」

「確かに。ティアフォルクの方が気楽だとは思う。とはいえ、そこまで大それたことをする気はないよ」

 右の羽キール・ライナー・アルトマンはギガンティアの保守的な側面を受け持っており、傾向的には「抑止」に重きを置いた代行者である。どちらかと言えばリーが無茶をしないか見張ることになるだろう。開明的な左の羽ティアフォルクであれば多少の独断専行も許容するし、むしろ積極的に手を貸してくれることもある。ただし過激なのもティアフォルクの特性であり、敵に回したときに冷徹且つ、容赦がないのもティアフォルクの方なので右の羽、左の羽のどちらがいいかはその時々と言える。

「解ってると思うが動かせるのは海空だけだぞ」

「海兵団は?」

「時期と応相談ってところだな」

 WOZ軍の抱える戦力は陸海空の3軍に海兵団だが陸軍は基本的に首都防衛を担っており動かせない。海兵団は実質的にコウサカの手持ち戦力となる。WOZが公的に外征する場合にはその主力となるのは海空の2軍が中心となる。

「俺としては不用意に月の懐には踏み込まない方がいいと思っているが」

 コウサカの見解にリーは意外な顔をして足を止めた。

「君からそんなことを言われると気になるな」

「上手く行きすぎてる。ここらでお家芸が始まるんじゃないか」

 お家芸。その単語が示しているのは身内同士の争いだろう。地球の中でか、月の中でか、あるいは地球と月の間でか。思い描いてリーは苦笑した。どれでも起こりそうだ。

「有り得る話だ。巻き込まれないように立ち位置には注意しておくべきか」

「踏み込むならその後でもいい。その時なら海兵も出せるだろう」

「頼もしい。ならこっちはその時を注視しておこう」

 2人の歩みが庭園から宮殿の内部に差し掛かったところで一人の騎士が合流した。シミズ・マサト・リューベックである。2人は何のリアクションも取らずに話を再開した。

「もう一つ君たちの意見を聞いておきたい。月とは交渉のテーブルにつく。しかしその席に座らせるのは誰であるべきか。つまり、このままテレーズでいくべきかどうかだ」

「いきなり物騒な話ですね」

「もう少し詳しく」

 マサトとレオノール双方の反応にリーは頭を掻いた。

「そもそも今回の共同軍の行動。おかしいと思わないか。あまりにも楽観的でお粗末だ」

「誰かが唆したんでしょ」

 問題はそれが誰か、だが。マサトは少し考えてから話の流れが見えた。

「それがテレーズだと?」

「僕はそう考えているけど確証があるわけじゃない。本当に暴発しただけかもしれない。そこでそれを確かめるために思い切ってみたわけさ」

 これまでの穏健策を放棄して全力で共同軍を撃退した。これでテレーズがどう動くか。それで凡そは測れるだろう。

「なるほど。で、月による手引きがあったとしてこれからの付き合いをどうするかというわけですね」

 面の皮を厚くしてテレーズと結託するか、積極的に足元を掬ってやるか。レオノールは後者に関しては懐疑的なようだった。

「やるんなら今のうちに仕込んでおかなきゃならないが。そもそもテレーズの足元を崩す必要があるのかは考えて置く必要がある。喜ぶのが別の連中になりかねない」

 それがジェンス社であるならかえって厄介なことになりかねない。そうでなくともテレーズが倒れるようなことが起これば月は大混乱に陥るだろう。これはリーも全く同感である。しかし

「確かにかなりの博打になりかねない。けど、テレーズ自身も放っておける人物ではなさそうだ」

 あのジェンス社を脅かせるほどの女傑である。リーの推理が確かなら共同体を消しかけるという大胆かつ強大な実行力も備えている。タフな相手になるのは確実。実際に相対する身としては何かしら優位になる手札を複数枚用意しておきたいというのが本音だった。

「それに関してなんですけど」

 政治的な部分にはあまり関わりたがらないマサトの切り出しに2人は意表を突かれた。

「いまうちと月の商いの担当者にリン・フーシェンって人がいるんですけど」

 リーとレオノールはそれぞれその名前を検索にかけた。先に該当の名を見つけたのはレオノールだった。

「独立機甲師団の司令だな。実質的な統合軍ナンバー2」

「ええ。こっちもなかなかに手強い相手でして、商売内容もアレ何でこれまでは慎重な姿勢だったんですけどね。ついさっきなんですが先方から話を進展させたいと言ってきました。こっちの条件の大半を呑むそうです。慎重姿勢から一転したんで担当者が変わったのかなと思ったら交渉はそのフーシェンのままらしいんですよ」

「方針が変わったにもかかわらずそのフーシェンという人物がそのまま交渉を引き継ぐ、と」

「そうなります。方針転換に関しては先の戦いを受けてのものと考えていいでしょう。僕らの後ろを見ているのは間違いない」

 これまではあくまで軍事的な繋がりのみだったが月はISEを通じてWOZ、ひいてはギガンティアとのラインを作ろうとしている。これは正常なアプローチだろう。しかし不可思議な点がある。外務官のリーは信じがたい思いで呟いた。

「軍人がその役割を引き継ぐわけか」

「興味深いと思いません?」

 つまりそのフーシェンという軍人はテレーズ周辺勢力の中でもかなり重要な役割を担うことになる。古来より政治家と軍人は志向が異なる。マサトからのこの情報は策略家としてのリーの好奇心を大いに刺激したようだった。

「確かに、面白いね。注視する価値はありそうだ」

「政治的な話になりそうになったらそっちに話を通します」

「了解した。こちらも少し調べてみるよ」

 リーの意識はそのことに集中し始めたのだがレオノールはそれに待ったをかけた。

「グレイスの方はどうなってる?」

 グレイス・ハーマン。火星の前外務大臣の孫娘は軍務局が確保し、現在は外務局が庇護している。リーは思考を中断して手短に答えた。

「彼女は自分の立場を十分理解しているよ」

 もともと共同体に留学していた影響もあるだろうがグレイスは現在の火星の状態を客観的に捉えられる才媛だった。現外務大臣のアマンダ・ディートリッヒに対する手札という立場を十分に理解し、ディートリッヒへの復讐の機会を伺っている。

「使う気はあるのか?」

「それは何とも言えない。マーカス次第だね。私的には使わずに済ませたいところだけどね」

「同感だ」

 レオノールの同意にリーは心あらずに頷いた。レオノールは肩を竦めると話を続けることを諦めた。

「どうぞ悪だくみに戻ってくれ」

 促されてリーは気恥ずかし気に頭を掻いた。

「悪いね。ではこちらは失礼させてもらうよ。どっちの件も状況変わり次第連絡する」

 2人が頷くとリーは輪から離れていった。今度はマサトが話を切り出した。

「カナンの件ですけど。聞いてた話と違うんですけどね」

 聞いていた話とはフラットラインの戦い。リメンバーカナンの件だった。あの勝利をWOZは盛大に報道した。これはWOZ軍におけるコウサカ体制の盤石さを強調する意味合いも強い。しかし本来はもう一つの要素もこれに合わせて喧伝される予定のものがあった。それがISE社の新型HV、WOZ軍の主力機である「R.E.0」だった。この新型機もリメンバーカナンで派手にデビューすることでISE社の技術力を誇示する手はずだったのである。しかし報道の大半はWOZ軍そのものの強さとカナンの戦いの再現と言うドラマ性に偏り、RE0は完全に影に隠れてしまったのである。

 口を尖らせるマサトだが要件の順番的にさして問題にしているようではなかった。レオノールも悪びれはしない。

「ジングウジが言うには順番ってものがあるそうだ」

 報道に関してはジングウジの領域であるし、レオノールは特に何の注文もしていなかった。ジングウジ曰く、HVの強さなど後でいくらでも宣伝できるがフラットラインの戦いはここでしか煽れない。これはレオノールもその通りだと思っている。

「忘れてないならそれでいいんですけどね」

 ジングウジは保守派でシミズは実働派である。後回しにされるのは当然だろうが反故にされるのは許容できない。

「釘は刺しておく。話はそれだけか?」

 レオノールの答えに満足したのか、マサトは次の用件に移った。

「対象Hに関する話ですけど」

 その件か。レオノールは頷くと歩き始めた。

「協力してくれるらしいな」

 巻き込んだんだろうに。

「協力はしますよ。オガサワラさんに脅されましたからね」

「悪いな。あいつもあいつで気を回しすぎて混乱してるんだ」

「そうみたいですね」

「かくいう俺も混乱してる」

 マサトはびっくりして歩みを止めた。知る限りレオノールはこんな冗談を言うタイプではない。どうやらレオノール自身もこの件に関しては混乱しているようである。あのコウサカ・レオノールが。

 マサトの反応にレオノールは忌々し気に言い募った。

「どうしろってんだよ。何を言えばいいんだ?わけのわからんビックリドッキリ人間が俺を探してやってきた。暗殺目的ってんならまだわかるが会いたい理由もよくわからん。本人すらわからないと来た」

「まぁ話を聞いた限りじゃ僕もわけが解りませんが」

「それで?」

「今のところ言えることなんてないですよ。こっちと関りがあるのはほぼ確実でしょうけど調べてみないと何とも。で、確認何ですけど」

 レオノールは歩みを止めると懐から遮音機を取り出した。マサトが首を振るとそれは戻される。苦笑しながらマサトは話を再開した。

「まず当たり前の話ですけど結論が出るまでは会わないでくださいよ。あなたにもしもがあったら計画が全部パーになりかねないんですから」

「だったらその結論を急いでもらわなきゃな。だいぶ焦れてるらしいぞ」

 そりゃまぁ半年以上も拘留されてればそうなるだろうな。だからといってそう簡単に結論が出るとも思えないし、何よりマサトにもやることがある。

「こっちもそんなことに余力割いてる余裕ないんですけどね」

「しばらく大人しくしてろって言われなかったか?」

 そりゃ別の話だ。マサトは表情で抗議した。レオノールはしばらく無言で歩き続けた。何やら迷ってからぼそりと呟く。

「必要ならカンナギを使ってもいい」

 マジか。マサトは仰天した。カンナギはレオノールが持っている手札の中でもとっておきである。実際にカンナギが必要になる場面があるのかどうかはさておいてそれほどレオノールにとっては解決を急ぐらしい。

「なんでそんな入れ込んでるんです?」

 再び無言。そのまま2人は宮殿の外に出た。マサトが痺れを切らしかけたところでレオノールは空を仰ぎながらぼそりと呟いた。

「そりゃまぁ美人に追いかけられて気にならないわけないだろう」

「…なんて?」

 またしても出てきた冗談にマサトは呆れた。レオノールとは長い付き合いだが彼に対して呆れたのはこれが初めてかもしれない。そんなマサトの気を知ってから知らずかレオノールは真顔で続けた。

「俺だけ蚊帳の外なんだぞ。ナガトキがいつまでもその件に時間取られてるのも鬱陶しい。俺が会って解決するならいっそそうしたいくらいだ。とっとと始末をつけたいんだよ」

「…なるほど」

 ほんとにそれだけか?ひっかかるがそれ以上は突っ込んでもしょうがなさそうだ。マサトは溜息をついて観念した。

「可能な限り速やかに、ですね」

「頼んだ」

 2人の前に軍務局ナンバーのSUVが滑り込んできた。後部座席からレオノールの副官リリウム・テレジアが降りてきた。

「もう一つ頼みがある」

 車に乗り込む間際にレオノールは遮音機を一瞬だけ起動させた。

「ガリスベンはもう離反してる。今すぐどうこうはならんだろうが事によってはトルキアがヤバいかもしれん」

 その情報を聞いたマサトは息を呑んだ。

「最悪の場合は海兵を使うが可能ならそっちで支援してくれ。今ならライナーの目はないからな」

「解りました。やれるだけやってみます」

 マサトの返答に満足するとレオノールは車に乗り込み、去っていった。マサトはウンザリ顔で待機しているハヤミに迎えを頼んだ。

 大筋は予定通り進んでいる。しかし何かよくわからないところで何かよくわからないことが起きている。何かが這いずっている。それを見て見ぬ振りをして自分たちも這いずらなければならないのだ。

 あー、そりゃ早く処理したくなるか。今さらながらマサトもレオノールの気持ちが理解できた。だからといって不安が消えるわけでもないが。


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