表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/143

0 宇宙開拓歴概略

2023・12・30

製本に伴い章編成を変更(第13部追加)

内容はほぼ変更されていません

「GUN BRAZE FILE」


 ・グラハム・D・マッキンリーの歴史講義

 まずは諸君らが私の講義を選択してくれたことに感謝を。私の名前はグラハム・D・マッキンリー。見ての通りの風体でこれまでの受講者からはハムと呼ばれてきた、もちろん君たちもそう呼んでもらって結構だ。遠慮はいらない、私も気に入っているからな。

 歴史の講義に限らない話ではあるが生徒からはよくこう聞かれる

 先生、歴史は何のために学ぶんでしょう?

 おいおい、だったらなんで私の講義を選択したんだ、睡眠時間を確保するためか?と、いつもなら返すんだが。一応、まじめな回答も用意してある。私の場合で言えば純粋に歴史が好きだからだ。

 そして、その中でも宇宙開拓歴に私は魅了された。私はこの世界に生きてきて大した業績も残してはいないし、これからも残さないだろう。だが歴史には先人たちの為してきたこと、為せなかったこと。その記録が眠っている。それは人類共有の遺産だ。まぁある種の呪いでもあるがね。

 私はそれを少しでも多くの人間に知ってもらいたい。そこから何を学ぶかは君たち次第だが、それが君たちの人生にプラスに働くならこれほどの誉れはない。そして、歴史にはそれが可能だと私は確信している。


 では講義を始めよう。


0/0「宇宙開拓歴概略」

 宇宙開拓歴、何度も口にすることなのでUFと略させてもらうことにする。

 その始まりは地球国家連合体の大規模プロジェクト「火星開拓計画」その第一歩を記念してのものだった。火星開拓を目的とした船団が火星に降り立ったその日からUFの時代は始まる。

 第一陣だけでも人的資源1200万人、艦艇10万、火星開拓のための物的な資源。それはもはや国家をそのまま投入しているほどの規模だった。

 開拓船団の使命はただ一つ、火星の開拓、つまりテラフォーミングというやつだ。地球環境レベルとまでは言わないまでもまずは地球からの資源供給なしでの自立。さらに資源を生み出し、逆に地球を支えることが求められた。

 当時の地球圏はいまだに月すら恒久的に移住するには不向きな開拓しかできていなかった。だが、地球という星にとって人間はあまりにも増えすぎてしまっていた。宇宙コロニーの数もいまとは比較にならないほど少なかったし、小さかった。何より自給自足を確立することができていなかった。

 地球上の資源は減っていく一方でこのままでは資源破綻は避けられない。この問題を解決する方法とは、結局のところ新しい星を得る以外になかったわけだ。

 当然、それを実現するために解決しなければならないことは多く、そのどれもが困難だった。特に大きかったのは人類生活を維持するための資源と火星を開拓するための資源、この二つのバランスだ。火星を開拓しなければ困窮する、さりとてそれを実行するための資源を捻出するにもそれなりの出血が必要になる。

 皮肉な話だが人的な資源はそれほど問題とされなかった。比較的困窮しているが人口だけは多い国にとって口減らしの格好の口実になったからな。表向きは志願者ということにはなっているがどうだかな。

 火星、新たな新天地!

 最後のフロンティア!

 あの手この手の表現で飾られたプロパガンダで集められた労働力は第一次船団だけで1000万人とされている。技術的な専門家や監督者、船団のコミュニティを維持するための人材はさすがに連合政府より選抜されたが、ほとんどは雑多の人材ということになる。

 当然、それに相当するだけの物的な資源も必要になったわけだが、これらは連合国家間の「公平」な分担で賄われることになる。これが後々に、禍根となることは誰しも予想していただろう、それでもやらねばならないほど人類は切羽詰まっていた。

 言うまでもないが彼らを待っているものは楽園なんかじゃない。そもそも火星を人類の恒久的な移住が可能な環境になるまでは見込みでも300年はかかると言われていた。つまり第一次どころかそこから6世代くらいの開拓者たちは火星開拓の実現を見届けることはできないということだ。

 彼らがどんな気持ちで火星へと出立したのか、私には想像も及ばんね。

 ただこれだけは言える。悲観的なものから楽観的なものまで多くの予想・想定がされていただろうが、彼らを新天地で待ち受けていたもの。それを的中させたものは一人もいなかっただろう。


 UF001年とは人類が火星に降り立った時、これはさっきも説明したな。歴史の教科書にはそう記されている。それからわずか3か月後のことだ。そこに誰も想像しえなかった一文が記されることになる。まぁ・・・もしかしたらどっかの誰かが奇特な予想をしていたかもしれないが、誰も相手にはしてなかっただろう。

 脱線したな、つまりこうだ。

 とある地質調査隊によって渓谷地帯に奇妙な穴が発見された。その穴は横に50メートルと長く、奥には明らかに人為的…あぁ、まぁもちろん人によるものではないんだが。ようは自然的な現象によって作られたものではない空間といくつかのアーティファクト、つまり何らかの道具らしき遺物がそこに残されていた。

 つまり、ファーストコンタクトだ。なんと人類以外の知的生命体の存在証拠が発見されてしまったのだ。

 この発見における船団の反応は一言でいえば「困惑」だった。

 なにせ彼らの目的とは全く別のものだからな。地質調査でなにもでなかったのに工事の段階になって遺跡が見つかったようなものだ。本来なら火星探査をやってる時代に見つかるべき代物に調査隊はさぞかし驚いたことだろう。

 彼らに与えられた人材では調査できないし、それに割けるだけのコストもない。軽い調査をしたところ生命の活動は見られず、既に放棄されたものと判断されたため船団は差し迫った問題ではないと判断し、地球からの専門家の到着をまって調査をはじめることにした。予定では2年後だった。

 だが船団の地質学者であったミーデ・エプシュタインは好奇心を抑えきれなかった。彼女は協力者5名と独断で遺跡の調査を開始する。気持ちはわかる。ある種の予定調和だな、これは。

 その調査の結果とは「さっぱりわからない」だった。

 呆れるだろう?遺跡そのものは未知なる方法で作られたものであることは確かだが本質的にはただの穴だという結論に達した。実際、私も見に行ったことがあるんだが本当にただの穴だった。年代に関してもろくな推測ができなかった。少なくとも人類が生まれる前よりあったんじゃないかと言われている。

 しかしまぁなんでそんなところに遺跡はあったのか?残念ながら、それは今日に至っても結論は出ていない。

 専門家たちの予測も夢想のレベルだ。個人的にはエプシュタイン自身が残した「キャンプ跡なんじゃないか」という推測が私は気に入っている。幼稚すぎる推測だと思うだろ?だが、とにかく手がかりが少ないんだ、しょうがない!

 そうなってくると注目すべきは遺物のほうになる。

 遺跡と違って遺物は大いなる情報を人類に提供した。


 E‐TECH


 エイリアン・テクノロジー。いまじゃ死語だがな。こいつがもたらしたものは革命なんて言葉で片付けられるものじゃぁなかった。今じゃE‐TECHという言葉自体が消えるくらいに我々の社会に浸透している。

 ではE‐TECHとは何か?それで何が変わったか?

 私は科学者ではないので詳しい説明は省かせてもらう。種類も多いし、何より私自身よく解らんからな。なので歴史において重要だった一つを紹介しよう。それは物体を分解して、再構築する技術だ。雑に言ってしまえば錆びた鉄くずを分解して純粋な金属に還元して再使用する、それを驚くほど簡易に行える、といったところか。人類が悩まされていた資源問題にとっては革命的な技術だった。この技術は単に資源を再利用するためだけに収まらない。完全自給型コロニーにおける命題である空気と水の循環を解決することにもなった。人類はその応用法を考え様々な分野で技術的なブレイクスルーを起こした。

 何が変わったか。一番の解りやすい恩恵は「デカいものが作れるようになった」これだろう。このデカいものとはコロニーとかの構造体レベルの話だぞ。

 それ以前の人類にとってデカいものとは小さいものを組み合わせて作るものだった。少なくとも工場よりデカいものは作れない。それ以上のものを作ろうとしたらそれらをつなぎ合わせるしかなかった。それはつまり途方もない計算と労力と資源、そして時間を必要とするということだ。今日、我々が知っている「歴史的な建造物」はそうした技術によって作られてきた。

 では、それがE‐TECHによって大幅に短縮可能になったとしたら?

 UF003年、船団は遺物「ネイバーギフト」の使用に成功する。さらに10年後には再現に成功。これによって技術革新が起こった。

 火星開拓工程のほとんどは建築といってもいい。大気の生成にせよ、そのための施設建造が必要だからだ。ほとんどは地球で製造したものを運んで組み立てるという流れだったが、コア区画以外はほとんど現地で作れるようになってしまった。

 結論を言おう。船団は火星の開拓工程における建築に費やす部分の9割を50年で完遂させた。300年が50年だぞ?まぁ我々にとっては一つの事業に300年もかけるつもりだったことのほうこそ驚くことかもしれないがな。

 さて、この技術革命は当然ながら地球にももたらされた。ネイバーギフトはその特性上、それまで再利用不可能と言われていたジャンクすらも資源とすることを可能にした。それだけじゃない。採算の取れないと言われていた海底資源や土星圏の資源ですら獲得できる見込みがでてきたんだ。資源枯渇と言われた地球にとってはまさに魔法だ。そこから空前の地球再開発も同時に始まることになる。地球新生だ。さらに宇宙コロニーの建設もそれまでとは比較にならないレベルで容易になり建造ラッシュを迎える。デカいものを作るなら無重力がいいというのも宇宙開拓の後押しになった。

 そう、宇宙開拓歴とは火星の開拓だけではない、地球も、そして宇宙すらも大開拓された時代なのだ。

 技術もまた開拓の時代を迎える。最初のうちはこれまでの技術を楽にするだけに留まっていたが。それもすぐにその技術を上書きして次のフェーズへと移っていく。それまで理論上は可能とされていたが技術的に実現できなかったものも夢物語ではなくなる。特に重力制御と慣性制御は人類の恒久的な宇宙移民の実現に決定的な役割を果たした。最たる例が軌道エレベーターだろう。巨大な一体成型のメインシャフト、重力と慣性の制御によって成り立つ地球と宇宙とを繋ぐホットライン。いまあるのは3代目だがな。


 しかし、光もあれば闇もある。お約束だ。ネイバーギフトによる発展はことに地球にとっては大きな歪みを生むことになった。

 旧時代の国家の集合体である地球連合には大小様々な国家があった。富める国もあれば飢える国も。

 当然だが宇宙開拓は富める国の主導であり、飢える国は開拓の波からは取り残された。一方で開拓船団の負担は一定ではないにせよ公平に課されていた。人類存亡のためという名目であったうちはそれでもよかったんだろうな。だが人類が生き残るためのプロジェクトであった火星開拓は想定外のとてつもない大当たりを引いてしまった。一転して欲望の支配する大開拓時代に突入して熱狂する世界を横目に、その利益を受け取れなかった国々の不満は積もっていく。


 UF038年 第三次地球内戦

 内戦と表現されてはいるものの事実上の世界大戦だ。切っ掛けはとある貧国のちょっとした争乱とマズい外交対応だった。

 それが貧国間同士の紛争に発展。徐々に勢力が分かれていき、当時の地球国家主要国間の代理戦争、さらには直接的な武力衝突にまで至ってしまった。

 人類の歴史は争いの歴史であり、宇宙開拓歴もその一ページに過ぎない。残念ながらこの戦争はその中でも飛び切りの馬鹿々々しさだ。概要だけ見れば不満をもった貧国間で交わされる主要国家の主導権争いというありふれた表現になってしまうのが口惜しい。

 結果だけ述べるならこの戦乱で当時のナンバー2国家とそれを支援した国家勢力のほとんどが力を失い没落することになった。

 この内戦が世界に及ぼした影響は測り知れない、それは回り回って、歪み拉げて彼方の火星にもたらされる。

 当時、「国家」という枠は地球にしか存在しなかった。火星を誰のものとするか、主権をどうするかは棚上げされた状態で開拓船団は出発している。住めるようになるのは300年先の話だったし、当時の感覚では火星は地球のための資源基地のようなものだったからな。

 しかし、それもまたネイバーギフトで大きく変わってしまった。想定より早くテラフォーミングの目処が立ってしまったことで火星の主権をどうするかという問題が浮上した。第三次地球内戦の主導権争いもこれが影響していたところがある。

 火星の行政は当時から船団の監督者たちによって行われていた。これは地球連合からの任命者たちだ。30年代、最初の監督者たちが引退するにあたって新たな監督者が火星に派遣されることになった。これがちょっとした問題を引き起こした。

 派遣された監督者たちは初期の船団と苦楽を共にしてきた人物ではない。火星の実情をあまり身にしみてわかっている人間ではなかったんだな。もちろん、すべてとは言わないし、中には真摯に溶け込もうとした者もいただろう。だが多くはそうではなかった。なぜなら彼らには使命があった。

 未曽有の開拓時代にあっては当然ながらそれに先立つ資源が必要だ。いくら技術が発展しても質量保存の法則の壁は破れなかった。しかし贅沢な話だ。生きるために欲していた資源がそれを上回る欲のために必要とされるんだからな。だからこそ火星の資源供給が急がれたわけだ。

 監督者たちは火星を資源供給のための供給地点としか捉えていなかった。資源供給の実現こそが彼らの成果であり、彼らは火星の開拓発展よりも資源開拓を優先していくようになる。船団にとっては面白い話ではなかっただろう。開拓によって星を作り上げていく熱狂に水をかけられた上に、そこに使うはずだった資源を地球のための開拓に充てられるんだからな。

 折り悪く、このタイミングで第三次地球内戦が勃発する。戦争がもたらすのは異常消費だ。あらゆるものが地球で燃焼された。開拓で使うならまだよかっただろう。しかし現実は争いのために奪われ、使われたのだ。地球からの資源供給の圧力は増すばかりで、その不満もやはり増すばかりだった。


 UF041年。火星資源の地球移送がはじまる。自分たちの開拓のために使う資源を戦後復興に使われる船団の気持ちはどうだっただろうな。そして、ここから地球の火星搾取の歴史がはじまる。そう、ご想像の通り、それが新たな戦火へとつながるわけだ。

 まったく、嘆かわしい!

 UF050年代ともなると船団の人員も第一世代はほぼいなくなり、第二世代もまた徐々に役割を終える時期に差し掛かっていた。この頃から船団民のなかであるアイデンティティが芽吹き始める。新たなる人類。つまり火星人だ。

 船団の人間たちは一部の人間を除いて火星圏を出ることは稀だった。第二世代は親たちから直接的に話を聞くことができたし、年長者の中には地球での生活を経験していたものもいた。一方で火星に生まれ、人生を火星開拓に費やす第三世代は地球という存在の捉え方がまるで違った。それ以前の世代にとっては母なる地球も火星搾取が始まった辺りから物心がついた世代にとっては火星こそが母星だ。地球とは親世代を苦しめている存在でしかなかった。

 そんな第三世代の中に火星独立の父として歴史に刻まれる男、アルフレッド・ブレナーがいた。

 彼は監督者階級に近い船団運営スタッフの祖父と父親をもつ。所謂エリートに分類される家で育ったわけだな。それだけに地球の実情もよく知っていたんだろう、つまり搾取の実態もな。

 当時の船団の役職は半ば世襲制のような形で引き継がれていたが彼は、父親とは別の道をいく。

 当時、船団の悩みの種一つは増殖を続けていた不法漂流者たちだった。

 宇宙海賊。大規模すぎる民族移動と開拓の弊害だな。アルフレッドは船団警備隊に志願し、警備隊士官として海賊狩りで功績を挙げていった。

 火星船団を守る本来の武力は地球連合の正規軍から派遣された艦隊の持ち回りになっていた。つまり船団民から軍に入ることは事実上不可能だった。地球連合も反乱に関してはある程度の警戒をしていたんだろう。

 搾取に苦しめられるようになった火星においてアルフレッドの海賊狩りは唯一の痛快ニュースだった。火星出身でまた眉目秀麗な彼は瞬く間に人気者となる。そう、火星人の。

 彼はその人気を背景に徐々に警備隊内での地位と船団監督者たちとの間にパイプを作っていった。

 私は思うんだ、当時から彼は先を見据えて警備隊に志願したんじゃないだろうかとな。それと言うのも警備隊志願は火星で武力を得る数少ない手段の一つだったからだ。

 ここで少しばかり時間を遡る。この時期、船団監督者の一人にヨハン・デアドという男がいた。地球から派遣された第二期監督者の一人であったこの男は他の監督者とは思惑を異にしていた。ほとんどの監督者は火星を植民地とみて地球に資源を送ること成果と考えそれを手柄にしようと動き、そうでない少数は火星の発展を願って船団の内部で対立していた。

 そんな中でデアドが目論んでいたことは、ずばり火星の独立だった。

 そもそも資源を持っているのは火星なのだ、なぜ火星は搾取される側でいるのか、強者になる資格をもっているのは火星ではないか。それがデアドの理屈だ。

 誤解を恐れずに言うとデアドはある種の化け物だった。いくつかの時代にこういう化け物は現れる、混乱と共に。

 彼は地球で起こっていることを熟知していたし、火星にいながらにしてその情報をいち早く掴むラインを持っていた。地球の弱み、火星の強みを認識していた。

 表向きは火星若年世代のよき理解者として、船団監督者という立場にありながらデアドは静かに、確実に火星独立の萌芽を育てていった。それには火星人という第三世代のアイデンティティと、その若きカリスマ、ブレナーが大いに役立った。彼はブレナーに多くの権限を与え、ブレナーの警備隊は徐々に規模を大きくしていった。

 UF053年、ちょっとした事件が起こる。海賊と正規軍による交戦で起こった船団船舶への誤射だ。悲惨な事件ではあったものの決して珍しいことではない。船団船舶を襲った海賊艦艇は肉薄していたわけだしな。しかし堰を切るトリガーとしては十分な内容だった。

 これは当時から囁かれていることだがデアドはこういった機会を自ら起こすほどではないにしろ待っていた節はあった。未必の故意だったんじゃないかとね。

 この件に対する地球連合正規軍の対応は決して間違っていたと私は思っていない。まぁ模範的な対応以上のものでもなかったとも言える。中にはあの時期に船団船舶が警備隊の護衛もなしに航行していたことに疑問を呈する調査もあったようだが問題視されなかった。火星を刺激したくなかったんだ。

 しかし、火星側のリアクションは常軌を逸していた。メディアはとにかくヒステリックに悲劇を煽った。おそらくデアドの手回しだろう。直接的に正規軍を批判はしなかったもののここぞとばかりに「虐げられてきた火星」を一気に演出していった。

 火星人たちはその話に飛びついた。この事件の主犯者は正規軍ではない。襲っていたのは海賊どもで、彼らはその救援をしていた。にも関わらず、話はすり替えられて悪いのは地球かのように印象操作をされてしまった。地球の言い分など酌量されることはなかった。第三世代の火星人は信じたいものを信じ、悲劇に酔って聞く耳持たずの状態になった。若さというやつだな・・・。

 一方で、この熱狂は地球には過少評価されていた。ただの一過性のヒステリーと報告されていたのだ。これも、またデアドの計算された手回しだったと考えられる。

 デアドという男は人間の習性を利用することに長けていた。特に全体のイデオロギーを利用して相手から個を奪う手腕は恐ろしいほどだ。記録を見るにデアドの最終的な目標は火星を独立させ、その首長となることにあったと考えられている。さらに独立後に地球連合と渡り合うための布石、想定の記された記録も発見されている。

 私は好きになれないがデアドのしたことは火星独立の礎となった。特に火星人のイデオロギーの発現に果たした役割は大きかったと言える。

 とはいえ、残念ながら…いや、この場合は幸いと言うべきか。デアドは火星独立の日を見届けることはなかった。

 UF056年火星独立の熱狂はついに看過できない領域に達する。地球への資源輸送の妨害テロが頻発し始めたのだ。これに対し地球連合は正規軍の増派と火星方面司令部の設営を決定した。事実上の監督局、つまり火星の主権を直接管理する意思を明確にしたわけだ。

 しかしこのタイミングで不可思議なことが起こる。

 デアドの死だ。

 彼は何者かによって殺害される。誰に?なぜ?このタイミングで?この真相は闇の中だ。知る者は墓にまでもっていったんだろうし、推測する者すら現れなかった。それどころか彼の死は驚くほど語られていない。まるでそんな人物はいなかったとでも言うほどにな。火星全体が犯人と言えるかもしれない。彼の死は歴史ミステリーの一つとなった。

 もちろん、後世の我々は推測できる。ブレナーだ。直接的に、間接的に、肯定的に、否定的に、どれであるにせよ、この前後の動きからみればブレナーがこの件に関して関りがないと考えるのには無理があるだろう。もっともブレナー自身は生涯を通じてデアドに対するコメントを何一つ残してはいないんだが。それもまた不自然な話だと思わないか?

 実質的な指導者だったデアドの後釜は多くの火星人の要望からブレナーへと引き継がれた。本来ならそんなことは不可能なはずだったがデアドはそれまでの根回しで他の監督官を弱体化させており、それが皮肉な形で活きた。ブレナーの権利集中はつまり火星人の願いが火星独立の実現だったことに他ならない。彼がどのタイミングで決断したのかを歴史は記録していない。ただ唐突に、苛烈に、それははじまった。

 同年、船団警備隊は正規軍に対して奇襲を仕掛けた。「火星革命」の始まりだ。

 この戦いは人類史でも初の宇宙での大規模な艦隊戦と言われてはいるが戦史家に言わせれば交通事故のようなものだった。

 奇襲を受けて泡立つ正規軍に対して警備隊は半ば自爆特攻紛いの肉薄戦闘を敢行。相対した正規軍艦艇の全てを破壊、あるいは拿捕するという未曽有の勝利を収めた…と記されている。

 しかし警備隊の被害も恐るべきものだった。参加勢力のほぼ半数を遺失、まともに残った戦力は3割以下という壊滅的なダメージだった。これが初の宇宙艦隊戦であったが故の意図しない結果であったのか、計算されたものだったのかどうかはわからない。

 まぁ意図されなかったものと考えるべきなんだろう。だが、もしかしたら、と思ってしまうところがブレナーという男の恐ろしさだ。彼にははっきりとした戦略があった。それを実現するための戦術的な選択肢は多くはなく、常人であれば理屈は理解しても実行できなかっただろう。その選択肢を行使することを彼は全く躊躇わなかった。彼はその結果を予見できていたとしても、実行しただろう。

 結果的に火星圏から正規軍をほぼ完全に消滅させることに成功した警備隊は次に恐るべき手を打つ。まさに思いついても実行できないような策を。

 火星圏内のコロニーの破壊だ。彼らは2週間の猶予と共にコロニー住民及び管理者に地球への帰還か火星への帰属の2択を提示し、答えの有無に関わらずそれを実行した。

 最初の犠牲となったコロニーは小規模な補給基地だった。ここで15万人が犠牲となった。2週間という猶予の無さもあったろう。しかし本当にやるとは思ってなかったというのが根底にあったはずだ。

 この最初の犠牲を切っ掛けに火星圏コロニー全体はパニックに陥った。無理もない話だ。火星への帰属に踏み切ったものもいたが凡そ3割といったところだ。多くは可能な限りの船舶に人員を乗せて地球への帰還を試みた。この帰還船団が問題になった。

 地球連合は正規軍の壊滅に動揺させられたものの既に増派されていた部隊で十分に対処可能だと判断していた。警備隊のダメージも大きかったし、増派された部隊とでは規模で言えば10倍近い差があったからだ。

 しかし、彼らは実際には火星圏に到達することすらできなかった。そう、帰還船団だ。とるものもとりあえず逃げ出した彼らは餓死の危機にあった。当然だな、住民の大半を食わせるのに十分な食料なぞ備えてはいないし、あったとしても持ち出す時間もスペースもない。言うまでもなく、それは増派された正規軍にあっても同じだ。

 結局、人道的な見地から見捨てて置くことはできず、増派部隊は帰還船団に食料を分け与え、彼らを帯同して帰還するしかなかった。

 手法はともかく、これで火星人による火星実効支配は決定的となった。と、同時に時間を稼ぎ出すことに成功したわけだ。この時間は火星が自立するための何よりも貴重な資源となった。見事と言うほかない。心の底から賞賛はできないがね。

 ブレナー率いる警備隊は開拓船団を掌握すると火星共和政府樹立を宣言。ここに火星共和国が誕生する。もちろん、地球連合は承認しなかった。

 火星がまず着手したのはコロニーの再建だ。自分で壊しておいて可笑しな話だが、もともと火星圏にあったコロニーの大半は古い世代のものだった。ネイバーギフトで再建は容易という見込みもあったろうな。潤沢な資源を背景に火星は一気に陣容を整え始めた。


 一方、地球連合は手をこまねいていた。帰還船団を迎えたまではよかったが再派兵するまでの資源の調達に手間取っていた。当初の見込みではダメージを負った状態の火星警備隊との闘いを見込めたが第一次派兵が頓挫したことで回復した相手との戦闘になることを覚悟しなければならなくなった。しかしそのための戦力を用意しようにも方々に開拓を進めていた弊害でこれ以上の戦力の派遣にはさらなる時間を要する。戦力を増強したらその分だけ資源もいる。連合諸国のほとんどはこれを出し渋った。帰還船団が実質的な難民であったことも地球連合の資源を圧迫した。

 そこで地球連合は正規軍そのものの拡充を各国に提案するとともに火星圏を実効支配する「叛乱軍」討伐のため、一時的な開拓事業の縮小を列強国に求めた。先の内戦を鑑みれば財政出動には実現性はなかった。火星資源を恒久的に失うことを恐れる強国は渋々これを承認。そもそも開拓事業にあまり参加できていなかった小国にとっても痛手にはならない。もっとも正規軍拡充のための負担はのしかかったがね。

 UF058年第二次火星征伐が開始された。地球連合正規軍9千、対して火星警備隊改め防衛軍6千が火星圏境界で激突した。地球連合側とすればギリギリ間に合ったという感覚だったろう。しかし、この戦い「フォルティスの対消滅」は悲劇的な結果となった。

 両軍合わせて1万以上の艦艇を遺失する大大損害による痛み分けだ。被害そのものは火星共和の方が大きかったものの地政的に考えれば戦闘継続が不可能になったのは地球連合の側だった。

 なぜそんなことになったのか。一番の要因は宇宙艦隊戦の未成熟だ。とにかく火力過大で艦艇の防御力が間に合っていなかった。遮蔽物のない環境で撃ち合いしているような状態では被弾とはつまり死だった。

 恐ろしいことに火星共和は先の警備隊の戦いを経験済みだ。つまり、その被害を覚悟してやっていた。今じゃそれだけの艦艇と命が一戦で失われるなんて考えられんことだ。それを許容したブレナーとそのブレナーを支持した火星人もある意味でタガが外れていたんだろうな。

 さて困ったのは地球連合だ。失われた戦力と資源の回復、失策の責任問題で議会は狂乱状態になった。他人の失敗に飛びつくのはいつの時代でも一緒だ。劣勢国の剣幕はすさまじかった。連合主要国は内にも外にも悩まされるようになっていく。

 何より地球連合を焦らせたのは火星の回復スピードだった。もともと資源は豊富だ。だが統治システムを急速に形成されたことには驚かされたことだろう。国家連合の地球では絶対にできないことを火星共和はやっていた。事態はもはや叛乱の鎮圧などという領域ではなくなっていたのだ。

 当時の火星は事実上のブレナー独裁国家として回っていた。決断の速さにおいて独裁国家に勝るものはない。当時の火星にとってはマッチした国家体系だった。

 彼は火星のほとんど全ての統治案件の決断を担った。必ずしもその全てに成功していたわけではないが全てにおいて責任を負った。何より即断を重視していた。そんなブレナーの決断の下に火星はとにかく団結して進むことを優先していたわけだ。


 それでも地球連合の地力は火星を大きく上回っていた。この時期に強引にでも三次、四次と討伐軍を送り込めば火星を奪い返すことはできた公算は高い。それを主張したものはいた。

 火星を実効支配しているのは蛮族の類であり手段も見境もない。しかし、彼らには先立つ資源があり、日々恐るべきスピードで進歩している。彼らが叛乱軍という枠に留まっている時間は決して短くない、そうなってからでは遅いのだ。時間は彼らの味方であり、我らの味方をしてはくれない。

 この当時の連合大統領ジェイムズ・ハルトマンの知見は的を射ていただろう。しかし、多くの連合諸国には未来の脅威よりも目先の資源と利権が先立った。結局のところ、火星で起きたことなど彼らにとっては遠くの出来事に過ぎなかった。遂には第四次内戦までを仄めかす有様で連合国家内の雰囲気は最悪の状態になった。

 これにとどめを刺す出来事が起こる。

 月の出兵支援拒否だ。

 当時、地球連合内の自治領の一つだった月は宇宙産業の重要拠点として繁栄していた。大開拓時代の好況で莫大な利益を挙げ、その経済力は自治領ながら主要国家に比肩し、連合経済を支えていた。

 当時の月は正規軍以外の軍を持っていなかった。まぁ実際には持たせて貰えなかったというべきだが。代りに連合政府負担金を多く支出し、それだけでなく貧困国への金融支援も行っており先の内戦復興・討伐軍に際しても多くの財政出動を行っていた。そのほとんどが甲斐の無い結果に終わってしまったことに月は強く失望していた。

 当時の月自治領府首長ドミニク・マクスウェル。彼にはその状況を利した目論見があったのだが…これは後で説明することにしよう。

 なんにせよ地球連合の第三次征伐は完全に頓挫してしまった。この事実は火星独立によって宇宙に飛散した種に水を撒く結果となってしまった。

 宇宙戦国時代と言われる独立ブームの到来だ。


 ネイバーギフトによって到来した大開拓時代は完全ではないにしろほぼ独力で運営を可能とする自立コロニーを生み出した。それも大量に、な。それらは多くの場合は地球連合主要国の主権の内にあった。しかしそれは完全に管理されていたとは言えなかった。

 身の丈に合わない国によって作り出され、放棄されたもの。主権の曖昧なまま共同出資で作られたもの。作られた後に主権者が没落したもの、そして企業主体のもの等々。

 これらのコロニーは宇宙海賊の脅威に常に晒されていた。この脅威に相対していたのは地球連合正規軍と主要国軍だった。ところが火星の独立と征伐軍の激突によって地球連合の制宙圏に空白地帯が生じるとその領域内にあったコロニー群はその身を自分たち自身で守る必要性に迫られた。つまり独自の武力を持ち始めたわけだ。

 その武力が身を守るためから、何かを得るために振るわれるようになるのにさほど時間はかからなかった。お定まりだな。

 中でも企業主権のコロニーはその財力から相当な規模のコロニーと武力を有するようになった。彼らは当然地球連合に籍を置く企業ではあったが主権の及ばない宙域にコロニーを建造し、半ば国家としての勢力を持ち始めるようになっていく。

 やがて宙域資源を巡る勢力争いがはじまる。彼らは別に独立を宣言したわけではないものの、実力的には独立した国家体と化していた。

 形は様々だ。リーダーを中心とした独裁国家、議会共和、立憲君主、まさに群雄割拠。同盟を組み、裏切り、制圧し、滅びる。火星と地球を挟んだ空白宙域は無法地帯になった。嘆かわしいと思う一方でワクワクしてしまうのは私だけか?

 そのキルゾーンの中で頭角を現した勢力の一つ。ウォルシュタットという新鋭コロニー国家はネイバーギフトをうまく使う集団だった。彼らは木星圏に少数で進出するとネイバーギフトを用いて現地の資源で簡易な輸送船団を形成して多くの資源を回収してくる手法で飛躍的に財力を増していった。この手法は今では一般的な方法だが、当時は秘密の方法だった。

 ウォルシュタットはその財力をもとに有能な企業、人材をかき集め、特に技術的な面で他国を圧倒する優位性を持つようになる。そして現在でもウォルシュタットの首都コロニーを形成する小惑星「エーデルワイス1」を得たとき、ウォルシュタットは単一コロニー国家としては最大勢力となった。

 出る杭は打たれる。これに対抗しようとする動きも中小国家間で出てくる。それ以前から小国家群を支配吸収して勢力を拡大してきた武闘派国家ガリスベンを中心として一大同盟勢力の形成が試みられた。名目上は中小国家の火星及び地球からの自衛・独立という形ではあったが実際は空白宙域における勢力争いの方が本命だと考えていいだろう。

 UF071年 コロニー国家共同体が成立。

 地球連合にとっては恐れていた自体だったろう。第三の国家勢力が生まれることはつまり地球連合が人類の主権国家であることを揺るがす事態でもあった。

 空白領域のコロニーのおよそ半数の参加したこの大同盟は、まずウォルシュタットを空白宙域内の脅威勢力と位置づけ討伐に乗り出す。

 これに対してウォルシュタット陣営はかねてより経済・技術支援で親交を深めていたオストベルグ・ザルツカンマグートの2国と同盟を結ぶ。ここに現在のウォルシュタット・オストベルグ・ザルツカンマグート三国同盟、通称「WOZ」が成立した。

 UF072年両同盟は激突する。戦史上でも極めて特異な例となったカナンの戦いだ。

 共同体1万5千 WOZ2千 の艦艇の戦い。勝敗は誰の目にも明らかだった。こういう言い方は歴史家としてどうかとは思うんだがな。ま、その通りになっていたらそこまで歴史に残らない戦いになっていたろう。

 多くの人間の予測は共同軍の戦史上でも類を見ない大惨敗によって覆された。失った戦力はおよそ7割。対するWOZの失った戦力は1割にも満たなかった。

 どうしてこうなった!?

 誰も彼もそう思っただろう。だが、現代の専門家に言わせるとむしろ共同軍に勝てる見込みのまるでなかった必然の産物らしい。

 詳しい話は戦史の方でやってもらうのでここでは概要だけにするが、当時の宇宙艦隊戦はやはりノーガードの殴り合いの延長でしかなった。宇宙艦艇の防御力は第二次征伐戦よりははるかに進歩していたにしても火力もやはり進歩していたからな。

 そこでWOZは戦い方を変えた。当時、WOZにはコウサカ・レオニード・ホロクという天才戦術家がいた。彼は宇宙艦艇による殴り合いは不毛と考え、戦い方の抜本的な見直しを行った。それは直接的なぶつかり合いを避け、尖兵となるものを送り込み、その戦いで雌雄を決するというものだった。

 その尖兵こそHV、ヒト型の機動兵器だった。はるかに昔はそういった単座、あるいは複座の兵器というものが主戦力として存在した時代もあった。ただそういった兵器はコスト面やらなんやらで多くの問題を抱えていたので資源枯渇の時代には合わなかった。WOZはその忘れ去られた概念を復活させたんだ。この機動兵器に対応する術を共同軍はもっていなかった。これが、まず1点だ。

 他にもWOZとコウサカ・レオニードは数々の新概念の部隊運営を生み出していた。俗に言うレオニードドクトリンは専門家の言うには技術進歩でチープ化したものを除けば今現在でも通用する宇宙戦争のやり方の手本らしい。それほど完成度が高かったんだな。

 つまりWOZはソフト・ハードの両点で共同軍を圧倒していたということだ。

 だが、戦史家ナリス・エリクソンは多角的にこの戦いを分析したうえで次のように結論をつけている。


「結局のところ共同軍の運命を決定づけたのはその士気の低さだった。例え未知の技術、戦術と相対したところで相手は人間だ。一度にできることには限りがあり、数の上で圧倒的に劣るWOZにも限界はあった。反撃ならずとも秩序だった撤退でWOZに圧力をかけてさえいればその戦力は最低限半数を切るなどということはなく軍体も辛うじて保たれていただろう。しかし、彼らの多くは身を守るために一つの傘に集合した烏合の衆だった。その傘が安全ではないと知ったとき、彼らは我先と生存を図り、秩序は失われ、結果としてWOZにただ攻めればいいだけの時間を与えてしまった。この戦いにおける教訓は、秩序こそが軍を軍足らしめるという一点のみにある。実に古典的だ」


 中小国家の寄り合いに過ぎなかった共同軍は未知の戦い方に恐慌をきたしたってことだ。船出したばかりの共同体にとってこの躓きは後々にまで響くことになる。盟主だったガリスベンは急速に求心力を失い、責任の押し付け合い、今後の方針、運営を巡って共同体内での主導権争いが起こりもはやWOZどころの話ではなくなってしまった。離反するものもあった、現在のトルキア皇国などもそれにあたる。

 興味深いことにWOZそのものは共同体を退けた後はほとんどリアクションをとらなかった。これは私の私見だが、WOZにとっては共同体には消滅してもらうよりは弱体した寄り合いでいてもらったほうがよかったんだろう。これは地球連合にとっても、火星共和にとっても同じだ。特に地球連合にとってはな。

 このような情勢にありながら地球連合は外の戦乱よりも内戦の心配をしなければならないほどの軋みをあげていた。結果として共同体は砂上の楼閣となったものの結束した一つの勢力となっていたら…いや、案外それはそれで地球も結束していたかもな。

 この頃、地球連合は外に向けた大きな動きこそなかったものの内部では大きな潮流が畝っていた。

 月の独立問題だ。

 月が地球連合の財政に大きな役割を果たしていたことは先に説明したな。月は主権を持たない自治領ではあったものの、その経済力で中小国家に多大な支援をしており、その影響力は無視しかねる状態になっていた。月を国家として遇し、連合国家の一員とすることも検討されたが主要国は難色を示した。強すぎたからだ。

 月自治政府首長マクスウェルもこれは同様だった。彼は一貫して主要国と事を構えるような施策は避けていた。中小国の支持を受けてはいるものの列強に並べばこれらの強い支持が裏目にでる可能性が高い。対抗勢力に祭り上げられることを危惧したんだ。さらに言えば彼の目指したものはそれよりも大きなものだった。

 そんな折、コロニー国家共同体が成立する。脅威だった。そのあとすぐに転んだが。

 この頃には火星もほぼ完全な独立国家として軌道にのっており、資源状態から鑑みればその国力はすでに地球の四分の一程度にはなっていると予測された。地球連合で対抗するにしても膨大な戦力を必要とすることは確実だ。そこにきて共同体の出現だ。共同体は場合によっては火星共和の攻略において障害となる位置にある。最悪なのは共同体と火星共和の協調だ、歴史的な背景からみればその可能性は大いにありえた。

 しかし、これを好機と捉えていた男がいた。そう、マクスウェルだ。彼はある計画を地球連合政府に提示する。誰もがその発想に愕然とした。

 第9惑星計画「プルート」

 それはつまり月をコアとして惑星を作るという計画だった。それを第9の惑星として地球・火星間の惑星軌道に移動させる。余りにも壮大だ。今の我々からしても無謀な計画と言うほかない。

 しかし、皆も知っての通り、第9惑星「月」はそこにある。


 いかにネイバーギフトが凄まじい技術であるにしても質量保存の法則の壁は越えられない。0から惑星を作るなんてことは資源的に考えて不可能だ。プルート計画は0から惑星を作るのでなく月をコアとしてシャフトと慣性・重力制御によって支えられる外郭を作り、大気圏の役割を果たさせるというものだった。軌道エレベーターの発展型とでも言うべき発想だな。確かにこの方式であれば実際に作るべき構造体は外郭とそれを支持する重力・慣性制御施設となるため荒唐無稽というほどではないだろう。まぁそれでも途方もないと表現するには十分だが。

 この計画は地球連合にとって必要となる資源と労力の話を除けば決して悪い話ではなかった。火星共和とコロニー共同体との間に友好的な同盟国家を置き、悪い言い方をすれば盾とすることができる。さらに言うなら月そのものも地球にとって潜在的な脅威だった。月からの質量弾攻撃ははるか昔から指摘されていたことだからな。

 月自治領が独自の軍を持つことを許されなかったのもこの点にある。とはいえ月という一大拠点を失う代償ももちろん大きい。

 長い議論の末、地球連合はマクスウェルの計画を受け入れる。火星の奪還をいまだ諦めていなかった地球は本腰を入れて体制を整えるため、月を友好国として配置し、内政安定に傾注しようとしたわけだ。火星さえ何とかしてしまえば月も事実上の連合傘下国と同じにできると考えたのだろう。

 この判断は当時も今も議論の対象だが、私はベターだったと考えている。国防的なメリットもあるが、月はあまりにデカくなりすぎていた。仮に独立を承認しなければその影響力はかつてのナンバー2主要国家を上回ることは確実であったし、それを抑えつけることは第四次内戦を選ぶようなものだった。この選択を間違いだと言うのならその遥か前、月に経済的な優位性を与えてしまったところにまで遡らなければならないだろう。つまり遅すぎた。

 それにしても、マクスウェルのタイミングは絶妙だったというほかない。直後に共同体はカナンの戦いで大敗する、その前と後では印象はだいぶ違っただろうからな。

 UF074年 第9惑星計画が始動する。

 月の惑星化に要する期間は凡そ20年と算出された。必要資源はほぼすべてを月が地球連合から買い取る形となり、さらに国防のため軍備購入、独立のための諸費用で月の金庫は空になったという。これはそれだけの貯えのあったことの方を驚くべきだろうがそれを使い果たすというのも大胆な話だ。マクスウェルという男は節約家だが、ここぞというところで一気に使うタイプだったんだろうな。

 この巨大事業によって地球連合諸国は大いに潤った。なかでもマクスウェルは中小国からの資源買い取りを手厚くし地球政情の安定化に寄与することを意識していた。月にとってみても地球には強く、安定していてもらわなければ困る。恩を売っておくという意識もあったろう。とにかく、プルート計画は地球と月の双方にとって友好的で、未来的な事業であるのだとアピールする必要があったんだろう。

 かくして地球の衛星「月」は地球の盟友、第9惑星国家「月統合国」として生まれ変わった。UF95年のことだ。

 ここに宇宙開拓歴の主要勢力が出揃うことになる。


 地球国家連合

 火星共和連邦

 コロニー国家共同体

 月統合国

 ウォルシュタット・オストベルグ・ザルツカンマグート三国同盟「WOZ」


 しかし、宇宙開拓歴を語るうえではもう一つ紹介しておかなければならない勢力がある。

 企業だ。

 空白宙域、無法地帯においてどこの法治にも属さない勢力となっていた企業体にも勢力争いは起こっていた。その中で勝ち残った一つがジェンス・エンタープライズだ。宇宙海賊から発展したと言われるジェンス社。彼らがどのように誕生し、当時どこにどの程度の規模で勢力を持っていたかを記す歴史的な資料は存在しない。

 そう、ジェンス社なんて名乗ってはいるが厳密に彼らは企業と言えるかどうかすら怪しい不法集団だ、いまでもそうだがな。

 彼らが企業として合法的な立ち位置を確保したのはUF106年の話だ。その存在を危険視した月統合国との間に法人としてジェンスエンタープライズアルテミス「JEU」を立ち上げたことからはじまる。不法集団相手に法人格を与えるとは何ともきな臭い話ではある、まぁ既に存在している勢力は利用しようということだったんだろう。

 この処置に倣ってジェンス社は地球連合内にジェンスエンタープライズアース(JEE)、火星共和内にマーズ(JEM)を立ち上げた。これはジェンス社本体と各国との実質的な外交窓口ともなった。

 このジェンス社の分社が直接的な交渉窓口を持っていなかった各国の橋渡し役ともなった。

 この利点は計り知れない。全ての勢力と商売のできる唯一の企業であるジェンス社は小麦粉から宇宙コロニーまで卵子から墓場までの超巨大複合企業体として宇宙に君臨することになる。

 しかしジェンス社の本体はその全容が知れない謎の組織のままだ。言ってみれば彼らは宇宙開拓歴における裏そのもの。ゴシップの的であったし、発信源でもあった。宇宙開拓歴における陰謀論のほとんどに彼らの名前は姿を見せる。それをどこまで信じるかは、君ら次第だ。


 ところでここしばらく火星共和の動向に触れていないので50年代以降の火星に触れておこう。

 第二次征伐を退けた後、火星共和は自身の国力増強に邁進していた。地球という脅威に対抗するために。

 彼らは自らの手で破壊した火星圏内コロニーの復興と軍備の増強を完遂するために、地球の封じ込めを画策した。コロニー国家共同体の興り、それにも火星共和は関与していたと考えられている。むしろ関与していないと考えるほうが不自然だろう。

 UF076年には大小40近くのコロニー自治領が成立し、これをまとめて火星共和は火星共和連邦の成立を宣言した。火星圏内のコロニーは国防上での役割も持っていた。共同体ができたこともありがたかっただろうな。これで火星は二重の壁で守られることになったわけだ。

 安定した守りを手に入れたことで火星組共和は着実に国力を増していった。だが全てが順調だったわけではない。ここまでの話で地球連合の体制のマズさばかりを話してきたが火星共和にも泣き所はあった。

 意外に思うかもしれないが火星共和は技術的な発展に関しては常に後れをとっていた。彼らは「挑戦」をしなかったし、また「競争」もしなかった。目的を一つにし、協力してことにあたるとは綺麗な言葉ではあるがそんな弊害もあるってことだ。地球連合のそれは足の引っ張り合いになりがちではあったが、それでも技術的な優位性は地球側にあった。第9惑星計画なんて火星共和には思いもつかないし、実現もできなかっただろう。

 力は足すことによって生まれるが、引くことによっても生まれる。むしろ後者の方が爆発的なエネルギーを生むことがある。意図してやることはお勧めしないが、まぁ覚えておくといい。

 脱線したな。とにかく火星は挙党体制で事に当たるぶんだけブレナー以上にも以下にもなりえなかった。意外性を持っていなかったということだ。

 火星革命の顛末から言えばブレナーは過激な野心家と見なされがちだが私はそうは思っていない。彼は結局のところ火星共和を独立させること以上のことを望もうとはしなかった。火星独立の確立こそが彼の宿願だったんだろう。仮に野心があったにせよ月統合国が形を成した時点でそれは挫けただろう。

 歴史的にみれば共和連邦の成立した時点で火星の立場は完全に確立されたと見做してよいだろう。火星共和議会の永世議長であったブレナーだが第9惑星計画が始動した頃には次を意識しなければならない時期にきていた。独裁者の次というのはいつの時代も混乱と衰退はつきものだ。後世、ブレナーをもっとも成功した独裁者と評す根拠が彼の最後にある。

 晩年の彼は火星共和が本当に共和国として成り立てるように首長の座は維持しながらも決断のほとんどを彼の後継者たちに委ねていった。


「決断において重要なのは間違っているかどうかではない。その選択に責任を果たせるかどうかだ」


 ブレナーが後継者たちに残した言葉だ。私はこれに感銘を受ける。

 前にも言ったな。彼は必ずしも全てで正しい決断のできた指導者ではない。しかし、全てに責任をおった。彼の指導者としての大器はこの言葉に現われていると私は思っている。


 自身の死後に火星共和が真に国家として立ち上がれると確信したブレナーは最後に地球連合に対して特使を派遣し、国交を結ぶことを試みた。

 これに対して地球連合の返答はなかった。

 UF113年火星共和の父アルフレッド・ブレナーは87年の生涯を終えた。今でも革命の象徴とされがちな彼だが、その生涯のほとんどは火星共和の成立と維持・発展に費やされたということは強く念押ししておきたい。


 宇宙開拓歴の前期と中期の境はブレナーの生前と死後によって語られる。

 つまり地球連合の第4次征伐がブレナーの死を切っ掛けに開始された。UF114年のことだ。

 地球連合としては彼の死によって火星の体制が揺らぐと見ていたんだろう。さらに月統合国の成立、内情安定など諸々の条件が整ったこともそれを後押しした。満を持して、と彼らは思っていただろう。

 実際には上手くいかなかった。火星の体制は揺らぐことはなく火星と地球の終わりのない戦いが構築されることになる。ここに宇宙開拓歴の中期から終わりまでに跨る長い長い星間大戦がはじまったのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] あの [気になる点] すみません! [一言] 僕がこれから書く小説「イマジンド・サイクル」で、 シャーフス・マッキンリーという登場人物を出すんですけど、マッキンリーという名前が被ってしまい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ