疑惑
シイラが退去した後、議長は暫く考えて、何処かへと電話をかける。
『はい?』
画面には初老の男性が映る。
「おう。惑星間通信の回線開けて」
議長がそう言うと、男性は片眉を上げてニヤリと笑う。
『まーた何を暗躍します気ですねんな?』
「人聞きの悪い事言うなや」
議長はブスッとした顔で返す。
『言いますで? あんたは腹黒いもん』
男性はとても楽しそうに笑っている。
「あーあー、そうかい、そうかい! とにかく開けろや」
『わかった〜。ちょいと待っとき』
電話の向こうでなにやら作業している間、議長はじっと考え込んでいた。
村へ戻ると、すでに宴もたけなわで、戻ってきたシイラに気付く事なく皆で楽しそうに歌い踊っていた。
「あ、シイラさん」
「ソラさん…」
名前を呼ばれて視線を向けると、穏やかに微笑んでいるソラが居た。
「お帰りなさい」
「あ、うん…」
「どうかされましたか?」
「え…?」
「元気がないようですから」
そう言って微笑むソラを、シイラはじっと見つめる。
「シイラさん?」
「ソラさん…あんた何もんなん?」
シイラのその問いにソラは無表情になる。
「あなたには私がどう映るのでしょうか?」
「え?」
シイラは訳が判らずソラの顔を凝視する。
「私は何者か判らないままここへ来ました。学習した事は判りますし、応用もできるようにしていただきました。ですが、私が何者か定義をされる前に、私とともに行動していたブルー博士と離れて、動かざるをえなかったのです。私は博士に助けられ、助けられなかった。私は一体、何をすべきなのかわからないままこの星へ墜落したのです」
「え?」
ソラは無表情のまま語り続ける。
「でも今日、村の方を助けられました。私は私の持っている能力で誰かを助けられるということを学習しました。私はこのまま…人を助けて…人の役に立る存在に…博士の本来、望まれた形で存在できるのではないかと」
ソラは無表情のまま、シイラを見つめていた。そのスカイブルーの瞳はソラの表情と相まってガラス玉に見えた。シイラは思わずソラを抱きしめる。
「シイラさん?」
「アホ! 無理に人の為になんて生きんでもえぇねん!」
「でも…」
「自分がえぇ事やと思う事して! ほんで皆に喜ばれたらえぇんや!」
「そうなんでしょうか? 私にはわかりません。それは本当に人の役に立つと言うことになるのでしょうか?」
シイラは抱きついたままソラを見上げる。
「わかるとかわからんとか関係ないねん! ここの皆見てみぃな! 自分のペースで生活しとるけど、ちゃんとお互いを思いあっとるやんか! 人にしてもらって当たり前とちゃうねん! 自分がしてもらったら胸がほわっと嬉しくなることを自分が今度は人にしたったらえぇだけなんや! 役に立つとかそんなん気にせんでもえぇのや!」
「シイラさん…」
「自分も嬉しいて…皆も楽しいくって嬉しいんが一番やん…頑張って、無理してしてもらうわないかんものなんていらんねん…」
シイラは涙が零れてくるのを抑えられなかった。ソラは恐る恐る、シイラを抱きしめ返す。ぬくもりを感じるとともにブルー博士の言葉が記憶から再生される。
『心とは返し、返されて育っていくもので、自分が出来る範囲でやらなければいけないのよ。でも無闇に答えを求めてもいけないの。人には人の数だけ答えがあるのだから』
「なんとなく…理解できました」
「ソラさん?」
シイラは涙に濡れた顔をあげて、ソラを見上げた。ソラは空を見つめている。
「…私は私で出来る事をすればいいだけなのですね?」
シイラはコクンと頷きながら言う。
「そうやで?」
ソラはシイラを見下ろした。
「私は色んな事に挑戦してみたい。私の出来ることを知りたいのです。まず手始めに、この村のお手伝いをしてみたい…駄目でしょうか?」
シイラはじっとソラの瞳を見つめる。その瞳はガラスではなく…。
シイラは涙を拭ってクスッと笑うと、ソラの胸をトン!と叩いた。
「かまへんで。絶対皆、大歓迎や!」
シイラはぱっとソラから離れると、この事を話しに宴会の輪へと駈けていく。
その後ろ姿を目を細め、ソラは見つめた。あれが生気あふれる姿というものではないかと理解する…いやそう理解したいと思考する。
次の日からソラは、村の農作業に加わる事になった。
「え? いつもおいしいと思って食べているのですが、まだ改良するのですか?」
ソラが驚いたように、村人に質問をしている。
「あったり前やん。もーっと美味しいもん作らな、ご先祖さんに笑われるで〜?」
「そういうものなのですか?」
「そうやで〜。せやって、美味しいもんはいくつあってもえぇやろ〜?」
「なるほど…では機械よりも人が作業した方がより美味しい物が出来るのですか?」
ソラは村人達に、色々な話を聞いて回っている。学校に上がりたての子供のような質問ばかりするソラに、村人はおもしろがりながらもちゃんと答えていく。
「う〜ん、どうかなぁ。気持ちの問題や思うで。そりゃあ大変やけどさ」
「そうそう。そりゃあ除草剤も使いたいけどさ、大昔の地球で人間に影響出たしなぁ」
「ですが、今は改良されているのでは?」
「改良されてたってなぁ…」
村人達とわいわいと農業の話をしながらソラは働いている。シイラはそれを離れた場所からぼーっと見つめていた。
「シイラ!」
そこへケイトが畑の方からやってくる。
「おかん」
「も〜! えぇ若いもんがこんな天気のえぇ日にぼ〜っとしてなさんな」
「せやって…」
「あんたも畑仕事しよし」
「えぇっ?!」
突然そんな事を言われて慌てふためくシイラをがっし!と捕まえるとケイトは畑へと強制連行する。
「ちょっ! ちょっと待ってぇな!」
「皆〜! もう一人労働力ゲットやで〜」
「え〜? シイラちゃんは体力ないしな〜」
「なんやと?!」
シイラは怒って拳を振り上げる。ところがケイトがひょいとその手に鍬を持たせる。
「お、おかん?」
「は〜い、そのまま降ろして耕してね〜」
「〜! わかったわ!」
シイラはなかば自棄気味に叫ぶと鍬をふるい出す。ソラはそれを見て村人達と一緒にクスクスと笑う。ソラはふと疑問に感じていた事を村人達に聞く。
「そう言えば、なぜほとんどを人の手に頼っているのですか? 今は昔と違い、この星へ来るのに事故が起こる確率が減っていると聞いたのですが…。オートメーション化が嫌としても、今使っている機械だけでも、もっと性能の良い物が輸入出来るでしょうに」
ソラは今使用している機械を見る。かなり年季が入っているものだ。この間の事故の原因も固定器具が古くなって壊れたのが原因だと聞いている。
「あぁ。そうなんやけど、由来はここに移植したご先祖様が関係してるねん」
「え?」
村人達が話してくれた内容はこうだった。
カルヴァナリアス星の最初の移植者達は、不時着する形でこの星へと降り立った。元々基本的な農業用の道具を積んでいた為に問題がなかったが、近代的な機械は積んでいなかった為、人力でなんとかするしかなかったのである。そのまま、ま、いっかと機械を使わない農業が定着したのだ。
「そうなんですか…」
ソラが頷くのへ、村人達はケラケラ笑う。
「うん。でもさ、ご先祖様の事やから、きっと機械のメンテが面倒臭かった気がするわ」
「あ、俺もそう思うわ。俺らもたま〜に機械のメンテめんどーやわぁって思うもん」
そう言った村人に先日下敷きになった村人がコツンと拳を入れた。
「アホ! 俺死にかけたんやからメンテはちゃんとせーよ!」
「すまんすまん。せやって無事やったんやしえぇやん」
「ま、それもそっか」
そう言ってあははと皆が笑っているとシイラが疲れたように割って入る。
「…なんでその前に、ソラさんのあの怪力についての疑問が出ぇへんの?」
その声に皆がシイラを見る。
「え?」
「やって、あんのくそ重たい機械を持ち上げた上、人一人片手で持ち上げたんやろ? おかしい思わへんの?」
………。
暫くその場を沈黙が襲う。
だが。
「あ。ホンマや。そやな〜」
「いやいや。ソラさんあんた見かけによらず力持ちなんやな〜」
「なんかやってんの?」
呑気に笑いながら、村人たちはソラの肩をポンポンと叩いている。ソラはなんと答えていいのかわからず、微笑みを浮かべていたが、その呑気な疑問にシイラはガクッとこけかけた。
「ちょっと待てー! そんな事で済む問題なんか?!」
だが村人達は、不思議そうに顔を見合わせている。
「え? ソラさんが怪力で問題あるか?」
「え? ないやん」
「そやんなぁ? ウチらは助かったし」
「なぁ? しかも仕事手伝ってくれはるし、別にえぇやんなぁ?」
その呑気な言い種にシイラはまたもや怒りくるった。
「なんでそんなに楽天的なんやー!!」
「まぁまぁ、いいや〜ん」
「そうそう。今んとこ問題ないから」
「シイラちゃん気ぃ張り過ぎやで〜」
そう言って村人達がケラケラと笑うのをシイラがまた怒る。ソラはその様子を目を細めて見つめる。
人が笑うというのが、こんなにもいいものだとは認識出来ていなかったと思考した。
ソラはここへ来てからの日課である空を見上げる。この空を見る度、いつも『あの子』のことを思い出して泣いていたブルー博士の姿が記憶から勝手に呼び出されていた。ただひたすら『抱きしめていて』と泣いていたあの姿を。
抱きしめる事に意味があるのか判断が付かないまま、ソラはいつもブルー博士を抱きしめていた。暫くそうしていると博士は泣き止み、ふんわりと笑って『…ありがとう』とお礼を述べてくれた。その時にいつも学習していない何かが襲いきて、ソラはいつもその度に調整が必要だと博士に申し出ていた。このわけのわからないものは、学習した中に入っていないものである。だが、博士はその度に嬉しそうに笑うだけで調整は必要ないといっていた。なぜ調整が必要ないのか。ソラはいつも博士に聞いたのだが、博士は何も言わず微笑むだけだった。
だが、今ならわかる。あの『何か』はいわゆる『感情』というものではなかったかと。惜しむらくはそれはどのような『感情』なのか学習したかったことである。
そこまで思考してふとソラはシイラを見つめる。先日の夜、シイラはソラを抱き締めてくれた。あの時、あのぬくもりを認識した時、なぜブルー博士が抱きしめると言う事にこだわったのか理解出来たのではないかと思考する。同時に、自分は少しづつ『人間』に、ブルー博士が望んだ『人』に近付いていっているのかもしれないと思考した。
そして、このまま、この星の人々にふれあっていけば本当の『感情』というものが理解できるはずだと確信していた。