行動
「さてと…」
キムは目の前の艦に目をやる。小型ながらも高性能のこの艦はヘルメス所有の偵察用の艦『ゼピュロス』だ。
「キム少佐〜、一体何の為にうちのこの艦を持って行くんです?」
ヘルメス所属の軍人がキムへと不満そうに口を尖らせている。
「それは秘密」
キムがそっけなく言うと当の軍人はヤレヤレと肩を竦める。
「偵察ならうちのモンに行かせればいいのに…第一それが仕事なんですから」
「ま、そうもいかないわけがあるんでね」
「そりゃトライア将軍の命令とあれば仕方がないですけど…変な事。してませんよね?」
軍人のその言葉にキムはうっすらと笑いを浮かべた。その笑みに軍人はぎょっとする。
「……あんまり無闇に首を突っ込まない方がいいと思うけどね?」
軍人は振り子の様に勢い良く縦に首を振ると、慌ててその場を去って行く。
すると、どうやらその軍人の部下らしい青年が後を追って駆け寄ってきた。
「隊長! なんでアテネにうちの艦を提供しなきゃいけないんですか?!」
だが、隊長と呼ばれた軍人は慌てて部下の口を塞いで、キムの方を伺い見る。
「バカッ! ヤツに聞かれたらどうするんだっ?!」
「で、ですがっ!」
「トライア将軍の全てを受け継いだって言われるほどの男だぞっ?!」
「それはそうですけど!」
「いいからっ! アイツはな、トライア将軍の残忍さと狡猾さを見事に引き継いでいるんだ! 下手に口を出すなっ! いいな?!」
「そんな…」
まだ渋る部下を引きずってキムから距離をとると、隊長は周りを入念に見渡した後、声を潜める。
「……この間の銀河連合との戦いがあった時、アテネのカタル将軍が戦死しただろう?」
「あ、はい。確か…トライア将軍と対立していた方ですよね?」
「そうだ。だが…あれが陰謀だとしたら?」
「えぇっ?!」
部下が思わず大声を上げたので、隊長は慌ててその口を塞ぐ。
「ばかっ! 声が大きいっ!」
「で、でもっ?!」
「とにかくあのときのカタル将軍の乗艦していた母艦が狙われたのが謎だったし、我々の偵察でも、あれほどの威力のあるレーザー砲を搭載した母艦級はいなかったはずだ…」
「そう言われましたら…」
「だろ? だけど証拠がない…」
隊長はチラリと逃げ出して来た、キムがいる方向へ視線を走らす。
「……隊長」
部下が不安そうに隊長を見る。だが、隊長は忌々しそうに頭を振るだけ。
「証拠がない限り、俺らは上に従うしか他はないのさ」
しがない下っ端だしなと、隊長は言葉に皮肉を含ませながら吐き捨てた。
一方キムは、去って行った軍人のことなどとうの昔に忘れ去っている。
「……どう少なく見積もっても、カルヴァナリアス星までは2週間かかるか…奪われた艦がカルヴァナリアス星に落ちたと確認出来てから1週間…くそっ…アテネの艦が使えればもっと早く行けるのに…」
部下達の調べでは大きな艦ほど、事故に遭いやすいと言うのが学者達の意見だと言う事だった。その為条件に合い、尚且つ武器を搭載している艦というとヘルメス所属のこの偵察用の艦『ゼピュロス』しかなかったのだ。
「人数も限られてしまったし…まぁいい。10人とは言え精鋭の者達だし…星の住人を皆殺しにせずに任務が済むと考えよう…」
相変わらず薄く笑みを浮かべながら、キムは簡単に済むはずの任務を思いつつ、懐に入っている、あの銃を服の上から撫でる。キムはクククと微かに笑い声を漏らすと、出発の準備のためにその場を後にした。
だが、そう簡単にいくものではなかったと…なぜ『永世中立星』という立場を確立出来ているのか。その理由を探らなかった事を後でキムは深く後悔した。
その頃ソラは、壁に遮られることのない外をずっと見つめていた。
単調な毎日を過ごす村人達。ブルー博士達も淡々と完成を目指して、毎日同じような繰り返しをしていた。だけど何かに追われるような、思い詰めたような悲壮さが漂っていたのに、ここの人たちはとても楽しみ、そして毎日が充実しているようだ。
一体何が違うと言うのだろう。ソラは理解できず、空を見上げる。ふと、博士の言葉が記憶から再生されてくる。
『お前に綺麗な蒼い空を見せてあげたい…』
ブルー博士はそう言うと、研究室の空から見える灰色の空を見上げていた。
『私も写真でしか見た事がないのだけどとても綺麗だったわ。目に染みる蒼さって言うのかしら…あの子があの綺麗な空の上に居ればいいのにってその時思ったの…だからあの空の色にしたの。でも本物を見たことがないから自信がないわ』
博士が微笑みを浮かべながらそう言ったのをソラは記憶している。ソラはきっと博士が言っていた『目に染みる蒼さ』とこの事だったのだろうと…見せてあげたいと思考した。するとコンコンとガラスが叩かれる音がする。見るとすまなそうな顔をしたシイラが立っていた。
「シイラさん」
『ごめんなぁ…八日間もこんな不自由なとこにおらせてもうて…』
シイラは済まなそうに謝ってくる。なんでもまだ会議堂が結論を出してこないと言う事だった。だが、ソラは頭を振る。
「いいえ…色んな事を思考する為にここはとてもいいところです」
『は?』
シイラが訝しげに首を傾げる。ソラは少し俯いて話し出す。
「私の周りでは、原始的な事は嫌われていました。貶められていたといっても過言ではありません。ですが、ここでは人々はのんびりではありますがマイペースでとても楽しそうに仕事をされています。それだけでも以前の私の環境とはまったく異なります」
『…ふーん』
だが、シイラには、ピンとこないようだ。
「私は一体何者だろうと…ずっと…思考してきました」
『はぁ?』
「私は何をすべきで…何者なんでしょう…」
ソラはそう言って、目に染みる蒼さの蒼空を見上げる。
『……ソラさんはソラさんやろ?』
「シイラさん?」
ソラは驚いてシイラを見つめる。シイラは怒ったような顔をしている。
『何があったんかは知らんけどな。あんたはあんたやろ? 何もんかわからへんとかグチグチ言うてる間に働きよし』
「え?」
『あんな、こんなとこ閉じ込められて動き回られへんで、のーみそグルグルになってしまうんわかるけど。考え込み過ぎてものーみそに悪いねんで?』
「あ、はぁ…」
『ココ出たら、あんたの前の職業は何か知らんけど。とりあえず農作業手伝え』
………。
「えっと…」
なんでそうなるのかと、ソラに疑問が生じる。だがシイラはおかまいなしに続ける。
『肉体労働はな一番単純で、せやけど一番体力がいる仕事や。のーみそとお腹が空っぽになるまで働いて腹を満たしてたっぷり寝て、頭ん中をクリアにして、それから自分の出来る事が何かを考えればえぇねん。まぁよその星みたいなハイテクな職はないけど、会議堂いけば会計職とか事務職もあるし、星にある数少ない機械を整備する機械工とかも結構何でもあるから、自分に合うと思う職業やってみいな』
「シイラさん…」
『生まれて来たからにはな、絶対意味があるねん』
「ですが私は…」
ソラが反論しようとするとシイラはドン!とガラスを両手で叩いて来た。
『あるの!』
「そんな…でも…」
『でもとかくそとかグダグダ言うてる暇があったら探せ!』
「は?」
『言うてるやろ? 自分に出来る事をすればえぇの! あぁ、やっぱりあぁしておけばなんてこと考えるなんてまっぴらごめん!』
「そんな乱暴な…」
ソラはシイラの迫力に気圧される。
『失敗したら、やりなおせばえぇの! 生きている限り失敗なんかつきもんや! 失敗を恐れていてどうすんの?!』
シイラのその言葉にソラはブルー博士がいつも言っていた言葉が記憶から再生される。
『失敗してもやり直せるのよ。さぁ、頑張ろう!』
「あ、あは…あははっ…」
『ソラさん?』
急に笑い出したソラに、シイラが慌てた様子でソラを見てきた。
「そうか…そういう意味だったんだ」
『は?』
「いえ…ブルー博士という方がいつも『失敗してもやり直せるわ。さぁ、頑張ろう!』とおっしゃってました。私はてっきり失敗した人を励ますだけの言葉だと」
『何言ってんの。めっちゃえぇ言葉やん。失敗してもそれを繰り返さんかったらえぇだけの話やねん。失敗から人は学んでいくんやから』
「そうですね…そう…なんだと私は理解できそうです。実践が伴ってはいませんが」
ソラはそう言うとまた空を見つめた。
次の日。シイラが議長に呼ばれたと留守にしていた時の出来事だった。
『きゃあああ!』
『大丈夫か?!』
空を見つめていたソラは慌てて声の方を見る。すると水のくみ上げを行っていたはずの背の高い方の機械が傾いている。ガラスにへばりつくと何人かの村人が走ってくるのが見えた。ソラはドン!とガラスを叩いて一人の村人の気を引く。
「どうしたんですか?!」
『大変やね〜ん! 水汲み機がバランス崩して村のもんが下敷きになってもうてん!』
「えっ?!」
『一応水汲み機が堆肥を作る機械に覆い被さった状態になってて、それに挟まれた格好やからケガはないみたいやねんけど、俺らだけやったらあの機械戻されへんし、救助隊に連絡しようと思って!』
ソラはもう一度畑の方を見て顔を強張らせる。なんと水汲み機がゆっくりとだが更に傾き出していた。
「だめです! 間に合いません! 今すぐじゃないと倒れそうですよ?!」
ソラにそう言われて慌てて、村人が振り返ると、確かに倒れ込んで行くのが見える。
『?! う、うわぁ! どないしょ〜!』
ソラは反射的に返していた。
「お願いです! 私を出して下さい!」
『え? うえぇっ?!』
突然の申し出に村人は慌てふためく。
『な、なななんで?!』
「お願いです!」
村人は一瞬躊躇したが意を決したように頷き、畑の方へと駆け出す。ソラはいろいろと思考を繰り返しながら村人が帰ってくるのを待つ。暫くすると村長のキリナを伴って大急ぎでやってくるのが見える。
『手伝うてくれはりますのんかいな?』
「そんなものです! 早く!」
キリナに問いかけられたソラは苛立を隠しきれずにガラスを再度ガン!と叩く。
『わかりました!』
キリナはそう言うと持っていた鍵で、ドアを開けて行く。その間もソラはじっと機械を見つめていた。
『開いた!』
キリナのその言葉にソラは弾かれるようにドアを開けると、飛び出して行く。
現場につくと、村人が機械と機械の間に挟まって恐怖に目を見開いている。ソラは水汲み機を暫く見つめるとガッと掴む。
「ちょっ…! それ何キロあると思っ…?!」
だが焦る村人達のその言葉を無視すると、ソラはあまり力を入れていないような動作で引っ張った。
すると、どう考えても持ち上がらないはずの機械が、ひょいともとの位置に戻る。村人達がぽかんとしていると、ソラは片手で支えると、次に驚きに目を丸くしている挟まれた村人をいとも簡単に片手で隙間から引っ張り上げる。
「怪我はありませんか?」
呆然と状況を理解できていない村人にソラは問いかけた。
「え?」
「ですから怪我は?」
ソラに釣り上げたられまま問いかけられた村人ははっと我に返る。
「あ…! えっと足傷めたたかも…」
「そうですか」
ソラはそういうと村人をゆっくりと安全な方の地面に降ろした。そしてソラが汲み上げ機を固定している間に、他の村人達が我に返って助け出された村人の足の怪我を見る。
「ソラさん! ありがとう!」
ソラが機械を固定すると、キリナが駆け寄って来て、ソラの両手を握りしめお礼を言う。
「いえ…私に出来る事でしたから」
「え?」
ソラは空を見上げる。
「私が私である為に。私は私が出来る事がしたかったんです…」
キリナはしばらくソラを見つめると、にこりと笑ってソラの背中をたたく。
「ソラさんはソラさんやて。他の誰でもないで?」
「ですが…」
「難しい事考え過ぎたらのーみそ煮詰まるからえぇですやん。…おーい! 皆ぁ! ソラさんにありがとうの意味を込めて宴会や!」
キリナのその言葉に下敷きになっていた村人までがうわぁっと大喜びする。
「そんな…」
「いやいや。わしらなりのお礼や思うて下さい。さっ、行きましょ♪ 行きましょ♪」
キリナはそう言うと、ソラを引っ張って行った。
「ほんで? 怪我は?」
『医者は骨まではいってへんやろうって』
「そうか…」
『やっぱ勝手に出したんまずかったかね?』
「うんにゃ? 今日シイラに一回出して様子見ようて言ってたとこや」
『そっか。じゃあこのままわしの家預かりでかまへんかな?』
「うん、かまへんわ」
『わかった。ほな…っと、競馬したいさかいにスケジュール早よぅ知らせて来てな〜』
「うん。わかった。ほな」
ふぅと議長はため息をついて電話を切る。シイラは顔を強張らせて立っていた。
今日の議長の出で立ちは肌はピンクで髪の毛は紫色、瞳は黄色というかなり目に痛い配色だったが、急に呼び出されたシイラはそれに文句も言う間もなく、今の話を聞かされたのだ。
「こらこら。何を顔強張らせとんねんな」
「せやって…」
「誰も怪我してへんて言うてたやん」
「ちゃいますやん! あの機械を持ち上げたんですよ?!」
シイラは思わず叫ぶ。
「う〜んまぁ、普通は無理やなぁ〜」
議長のそののんびり具合に、シイラの額に血管が浮かぶ。
「そんな呑気な事言うてる場合ですかっ! 連合や連邦の戦闘サイボーグやったらどないしますのん?!」
「う〜ん、どこまでサイボーグ化してるんやろなぁ…」
「は?」
シイラが訝しげに声をあげる。議長は手を組みその上に顎を乗せた。
「せやって、一応身体スキャンしたのに不審な所なかったんやろ?」
議長の言葉にシイラはハッとする。確かに普通のサイボーグであれば、全身スキャン時に、生身部分と機械部分の繋ぎ目が不自然な体の構造として映っていたはずだ。だが、そのような痕跡はないと報告を受けている。
「そういえば…」
「てことは…そこまで偽装出来る程の高度なサイボーグやったら…軍事機密かもなぁ」
のほほんとした口調とは裏腹のその内容にシイラは顔を蒼ざめさせる。
「それ、シャレになりませんやん…」
「ソラはなんか喋った?」
議長に問われて、シイラは一生懸命今までの事を思い出して、ふっと気が付いた。
「そういや…」
「ん?」
「ブルー博士がウンタラカンタラ…」
「それはほんまか?」
「はい」
議長は暫し考え込む。
「わかった。とりあえずシイラは監視続けといてくれや」
「でも…!」
「あぁ、こっちでも調べは続けるから」
「……せやけど」
まだ渋るシイラに議長は笑いかける。
「シイラはどう思った?」
「え?」
シイラは議長のその問いかけに、議長の方へ顔を向ける。
「ソラとこの八日間話してみて、どう思うたんや?」
シイラは、ソラと話したこの八日間を思い出して考える。
「何かを求めているようには思うたけど…それになんかちょっと違和感は感じるけど…」
「けど?」
「……悪い人には…見えへんねん…」
シイラは自信なさげに少し俯く。
「ほな、それを信じたり」
「でも…」
「これはお前への試練や」
「え?」
顔を上げたシイラは、いつになく厳しい顔をした議長と直面する。
「お前がこれから更に深く関わろうとする事は、お前の判断一つでこの星を左右する事もあるんやで?」
「!」
「今はまだ失敗したら俺や、他の執務補佐官が尻拭いしたれる。せやけど、お前が独り立ちしたらそうはいかんやろ?」
「……はい」
唇を噛んでシイラが俯くと、議長はヤレヤレと言いながら立ち上がり、シイラの目の前に立った。
「人生はな、何事も経験や」
「え?」
シイラが顔を上げると、議長は目を細めてシイラを見つめる。
「人生いつまでたっても勉強や」
「……せやけどウチはまだ未熟すぎやし」
「そんなんいうたら俺かてまだ未熟もんや」
「そんな…!」
驚くシイラに議長は頭を振った。
「俺かて最初っからうまいことやっとったわけやない。それどころかアホなことばっかしとった。今かて迷うことばっかや」
「……」
「取り返しのでけへんことばっかや。せやけど俺にはこの星があった。いろんなことをこの星から教えてもろた。だから俺のすべてをお前に教えたる」
「議長…」
見上げてくるシイラの頬を議長はゆっくりとなでる。
「すべてをつぶさず観察しろ。そして学べ。お前にはそれだけの能力がある。えぇな?」
「……はい」
「この俺が見込んだお前なら大丈夫や。お前はそのままのお前でえぇねん。自分を見失うな。それが一番大事なことや」
議長がニッと笑うのをシイラは暫く見つめた後、深く頭を下げた。