接待
その後、シイラのエアバイクの後ろに載せられて、墜落現場の近くの村までやって来ると、年配の男女が立っているのが見えた。
「シイラ〜!!」
「おとん! おかん!」
シイラはさっとエアバイクから降りる。ソラも慌ててエアバイクから降りた。シイラはそのまま両親へと抱きつく。
「ただいま!」
「シイラ〜おかえり〜」
シイラの父は、満面の笑みを浮かべてシイラをギュッと抱きしめている。
「おかん、ごめん。急に決まったから、お土産持って来てへんねん」
シイラの母はにっこりと笑うと、シイラの頭を撫でる。
「アホやねぇ。ウチらはあんたがこうして帰って来てくれるだけでえぇのに」
その言葉にシイラはくすぐったそうにえへへと笑う。
親子の対面が一段落つくと、シイラの両親は所在無さげにしているソラを見る。
「あぁ、ソラさん。これがウチのおとんでカイ、そんでおかんでケイト言うねん」
「うわぁ、こら別嬪さんやぁ。写真より迫力あるなぁ」
「ホンマにウチの村のもんが議長さんをからかいたくもなるわ」
「写真?」
ソラには何の事だか判断が出来ず、聞き返した。
「あぁ。シイラが撮った写真や。この星の全部の村長ん家にばらまかれたから、今頃この星の全員あんたの顔知ってるで〜」
「……あまり嬉しくない事項です」
ソラがそう言うと、シイラの両親はケラケラと笑う。
「無理無理〜。うちの星の人間は面白い事大好きやもん」
「せやで〜」
するとシイラが会話を中断させる。
「せや。『牢屋』の準備出来てる?」
「もちろんバッチリやで。村人総出でキレイにしたもん」
カイが胸を張ってそう言うと、ケイトが楽しそうに言う。
「お母さんがベッドメイキングしてん♪ テーブルクロスの刺繍もお母さんの力作やで?」
………。
「ベッドメイキング? テーブルクロス?」
ソラは『牢屋』と『ベッドメイキング』『テーブルクロスの刺繍』という言葉のギャップに思考が止まる。
「そうやで?」
ケイトはキョトンとした表情をしていた。
「いえ…あの…牢屋にベッドメイキングやテーブルクロスが必要なんですか?」
しかも力作の刺繍付きって…と困惑するソラに、シイラは引きつったような笑みを浮かべてちょっと視線を泳がせる。
「…この星に来た『お客さん』は皆『牢屋』を見て戸惑うねん」
戸惑うような『牢屋』とはいったいどのようなものなのか?ソラの思考が色々と打ち出しているうちに、ケイトはソラの腕を取りなり案内するからと言って、そのまま『牢屋』の前まで連れて行かれた。
「……あの」
「おぉ〜。『お客さん』や〜」
「いらっしゃ〜い」
「こら実物の方が綺麗やわ〜」
「せやろ? せやろ〜?」
ソラは『牢屋』へとたどり着く前に、村人達に囲まれ身動きが出来なくなっていた。シイラはやれやれといった感じで首を振ると、村人達を引きはがしていく。
「もう! 困ったはるやろ? さっさと儀式でも何でもはじめぇな」
シイラがそう言うと、皆がポン!と手を叩く。シイラはハァと疲れたようなため息を吐いていた。
「儀式?」
ソラは儀式と言う言葉を反射的に返してしまう。一体何故、牢屋に入るだけなのに儀式をする必要があるのだろうか?そう思考していると、村人達の中でも一番年長に見える男性が、ソラに笑いかけてきた。
「おぉ、せやったわ。ちなみにお客さんお名前は?」
「ソラと申しますが…」
戸惑いつつも名を名乗る。
「おぉ。えぇ名前ですな。おっと、紹介が遅れましたがわしがこのファリナ村の村長で、キリナと申します」
深々と頭を下げられ、慌ててソラも頭を下げた。
「あの、それで…」
ソラが儀式について質問しようとした。
「さぁさ、コチラへどうぞ〜♪」
ところがキリナはさっさとソラの腕をとると、ある建物の前へと連れて行かれる。
「あの…」
「これが『牢屋』です」
「…は?」
ソラは目の前に有る建物を確認する。それはどう見ても、壁の1面以外はガラス張りの『普通の家』だった。
中の家具類も普通の家のものと変わりない…どころか、テーブルクロスには華やかな刺繍が施されており、ベッドカバーも手の込んだパッチワークのようだ。
「え?」
ソラはなんと反応していいのか判断が付かず、無表情になってしまう。
シイラは気の毒そうにソラに説明をした。
「あ〜…一応強化ガラスやねんけどな…」
「いえ、あの…問題はそこでは…」
これでは見せ物小屋とかわらないのではとソラは思考する。
「まぁ、火とかナイフ類は使えんから食事は村のモンが持ってくるし」
「だから、あの…問題が違う…」
火が使えるとかどうかの問題ではないはずだとしか答えは出ない。シイラもそう思っているのか、視線をあらぬ方向へと泳がせながら、投げやりぎみに続けた。
「……いつ帰れるか判らんのに暗い所に閉じ込めるんは可哀想やからて、星の『牢屋』は全部コレ」
「その…問題…」
一応、自分の様なものは侵入者扱いではないのかと思考する。
「せやけどプライバシーもいるやろうからって、1面だけ壁やねん…」
「……えっと…」
ソラはもうなんと答えを返していいのか、全く判断が付かなかった。
「ソラさ〜ん! 飲んでるぅ〜?」
「あ、はぁ…」
「あ、減ってるや〜ん♪ 注いだるな〜」
「いえ、あの…」
「まぁまぁ、いいや〜ん。遠慮なんかいらんで〜♪」
とくとくと自分のコップに酒を注がれてしまいソラは無表情のまま。目の前の皿には、この村の名産だと言うジャガイモの煮込み料理がほくほくとした湯気を立てている。その他にも、トマトとカッテージチーズのカナッペなど美味しそうな料理が目の前の小皿に盛り分けられていた。そして、ソラに酒を注いだ村人はさっさと踊りの輪に入って行った。
「……シイラさん…」
ソラのその硬い声音に、隣に座ってカナッペを手にしていたシイラは天を見上げる。
「あ〜まぁ、言いたい事は大体判るで」
つーか大抵の『お客さん』に聞かれてるからなとシイラは乾いた笑いを零す。
「一体これのどこが『牢屋』に入る為の『儀式』なんですか?」
目の前には楽しそうに音楽を演奏し、踊ったり、歌ったり、歓談したり、そして飲み食いしている村人達の姿が。
村人達は、ソラが『牢屋』を前にして戸惑っている間に、さっさと『牢屋入りの儀式』と称して、どうみても『宴会』としか思えないこの騒ぎをはじめたのだ。一応ソラが『牢屋入りの儀式』の当事者だとは覚えているらしい。何故なら村人達がひっきりなしにソラにお酒を注ぎにくるからだ。だけどこれはあきらかに何かが違うのではないかとソラは思考していた。
「……それは常々ウチも思ってるんやけど…」
どうやらシイラも常日頃から思考している事のようだ。当然だろうとソラは思考する。
「けど?」
「……『その方が楽しいや〜ん♪』で終わりやねん…つまりな…『お客さん』が来たら刺激があってえぇから、会議堂に預けたらつまらんて言うのが、村預かりの理由やねん…」
シイラのその答えにソラは同じように天を見上げてしまった。