第89話
「オルシスに属している間は組織外の人間の出入りが制限されていたこともあって、それ以降家族が会いに来ることはなかった。たぶん60年くらいかな。それからジェシスに配属されて……別の組織に属していたシアや父とたまに顔を合わせるようになったんだ」
抱きしめたまま私が落ち着くのを待ってから、セスは話し始めた。
「シアは今さら俺に声をかけてくることはしなかったんだけど、父は……顔を合わせる度に"オルシスで仕事をしていたお前のことを誇りに思っている"とか、"名誉だと思え"とか、そういうことしか言わなくて……俺は嫌気が差して、必要最低限の会話で済ませられるよう、"はい"としか言わなくなった」
「オルシスに配属されるのは名誉なことなの?」
「んー……まぁ、属するのが一番難しい組織とされているから、一族の中ではそうなんだろうね。そこにいた俺からすると、何が名誉なのかさっぱり分からないんだけど」
私も分からない。
だってオルシスは暗殺者の組織だ。そこに自分の息子がいたことが名誉なんて。人を暗殺する仕事が名誉なことだなんて。
「……お母さんと顔を合わせることはなかったの?」
「母は組織に属していなかったから、会わなかったね。リュシュナ族の女性は結婚して子供ができれば、組織に属さなくてもいいという決まりがあるんだ」
「なるほど……」
専業主婦的な感じか。
確かにそれだとたまたま顔を合わせるなんてことはないだろうな。
「そんな他人のような家族関係が続いて長らく経った頃、ある組織を壊滅させる特別任務……船の中で話したやつだね。その任務で父と同じチームを組むことになった」
「ある組織って一族の中の組織とは別のものだよね?」
「うん。リュシュナ族とは全然関係ない、多種多様な種族で構成された暗殺組織みたいなところで……一族の人間も何人か引き抜かれたりしててさ。そんなに大きくない組織だったんだけど、一族からしたら邪魔でしかないわけで、壊滅させようってなったらしいんだよね」
邪魔だから壊滅させよう。
なんて極論だ。
「同じチームになってしまったからには父ともそれなりに話をしなきゃいけなくなって、母が俺に会いたがっているとか、ずっと心配しているとか煩くて……もう、"これが終わったら会いに行きますから"と言うしかなくてさ」
苦い笑みを零してセスは言う。
これから作戦を遂行する仲間なのだからセスとしてもお父さんに対して下手な態度は取れなかった、と言うことなのだろうか。
「でもそんな父は死んで……奇しくも父の葬儀で母と顔を合わせることになった」
「…………」
「葬儀が終わって俺の元に来た母が何かを言う前に、シアが俺を責め立てた。どうして助けられなかったのか、と。母はそんなシアを制しながら何かを言いかけていたけれど……俺はそれを聞く勇気がなくて、何も言わずにその場を後にした」
すれ違い。
苦しいほどに見事なすれ違い。
きっとお母さんはそこでセスを責めたかったんじゃない。
目の前でお父さんの死を見届けてしまったセスのことを心配して、声をかけたかったはずだ。
貴方のせいじゃないと、言いたかったはずだ。
「それから数年後……ジェシスの上司に母から嘱託依頼が出ていることを聞かされた。嘱託依頼の場合は身内が施行したり見届けたりしてはいけない決まりがあってね。結局まともに話せないまま、母は逝ってしまった」
「……その前に会いには行けなかったの?」
「会おうと思えば可能だったけど、俺には……できなかった」
――――あぁ。
どうしてこんなにも思うようにいかない。
道はいくらでもあったはずだ。
ほんの少し素直になれれば、ただそれだけで。
お母さんはお父さんが亡くなってから死を望むまでの数年間、セスが来てくれるのを待っていたのではないだろうか。
別に行けなかったセスが悪いなんて言うつもりはない。
そうできなくなってしまったほど心が壊れる原因を作ってしまった一族が悪いのだ。
子供を親元から離して人を殺させて、一体誰が幸せになる?
家族を壊して、誰が得をする?
エルナーンで一緒に育ったあの子たちも今頃……同じように心が壊れてしまっているのだろうな。




