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第88話

 ――――ねぇ、施設を出た後は何をしてたの?


 ――――そこからしばらく暗殺者として、人を殺していたよ。


 ――――じゃあ、その後は何をしていたの?


 ――――死を望む天族に死を与える仕事をしていた。父と共に特別任務に就いたのもこの頃だね。






「……そういえばさ、セスはずっと一人暮らしをしていたの?」


 夢とうつつの区別がつかない闇の中で、不意に浮かんだ疑問をそのまま口にする。


「……? 一人暮らし……というより、寮に入っていたって言った方がいいかな」


 なぜ急にそんなことを言い出したのか分からないというようにセスは少し間を開けて、そう答えてくれた。


「それは強制的に? それとも自主的に?」


「暗殺者が属する組織……オルシスって言うんだけど、オルシスにいた時は強制的に、嘱託(しょくたく)を受けてその人を殺す専門の組織……ジェシスに配属されてからは自主的に、だね」


 言いながら、セスが私を引き寄せる。

 その体はとても温かくて、私も抱き着く腕に力を込めた。


 オルシスはアルディナ語で黒という意味を持っている。しかも黒の中でも一番暗い本当の黒。逆にジェシスは真っ白とか純白とか、そういう純粋な白を意味する。


 黒と白。まるで許されない殺しと許される殺しとでも言いたげだな。


「ジェシスに配属されてからも自主的にそうしていたのはどうして? 家族のところには……戻らなかったの?」


「……戻れなかった。俺は家族を……拒絶してしまったから」


 フッと私を抱く腕の力が弱まった。

 言葉が言葉だけに心配になってセスの表情を見ようと顔を上げたが、深い闇に阻まれて見えない。


「5歳の頃、一族の命令で施設に入った。それは個人の意思など尊重されるものではなくて、その日を迎えるまで母は毎日のように泣いていたのを今でも覚えている」


 私が何かを言う前に、セスは話し始めた。

 私の背に添えた腕に力を込めないまま、その表情を悟らせずに。


「セスを施設に行かせたくなくて?」


「うん。施設に入ったら10年間出られないし、家族にも会えない。最悪、施設から出ることもなく死ぬことだってある。それは一族の人間なら誰もが知っていることで、自分の子供をそんな場所に行かせたくないと思うのは、母親なら当然のことだろう」


 あぁ、セスのお母さんはセスを想って泣いていたんだ。

 セスは愛されていたんだ。


 そのことがどうしようもなく嬉しくて、ジワリと滲んだ涙を閉じ込めるように目を閉じる。


「10年経って施設から出たその日、門の外で母が待っていた。家族に通知がいくわけじゃないのに、施設から出たからと言って家に帰れるわけでもないのに、母は自分でその日を調べて待っていてくれたんだ」


 そんな私の気持ちをよそにセスは淡々と語る。

 他人事のように。


 お母さんの気持ちを想うと胸が苦しくて、縋るように身を寄せるもその腕の力が強まることはない。


「……でも俺は、そんな母を拒絶した。人が怖くて。1人でいたくて。"俺のことなど生まないでほしかった"と恨み言を吐いて、伸ばされた手を振り払ってしまった」


 今度は辛さと苦しさで、涙が溢れて流れる。

 そうしてしまうくらいセスの心は壊されてしまったんだな……一族に。エルナーンの子供たちもそうだ。他人が勝手に子を親元から引き離していい権利なんて、ないのに。


 お母さんはどんな気持ちだっただろう。

 セスもお母さんも悪くないのに……やるせない。


「しばらくして、俺の元にシアが来た。母から言われて来たんだろうね。でも俺はシアのことも憎くて。双子として生まれたのに俺だけが施設に入れられて、シアはその間家族と安穏な生活を送っていたことにものすごい嫉妬を感じていたんだ。俺は母の手を取れなかったのに、シアはずっと母の手が届く場所にいて、ずっと愛されてきた。それが許せなくて、シアのことも拒絶した。自分勝手だよね、本当に」


 自分をあざけるように笑って、セスは再び私を引き寄せた。


「そんなこと、ないよ」


「ありがとう。ごめん、泣かせちゃったね」


 濡れた頬がセスの肌に触れてしまって気づかれたのか、彼は空いている方の手で私の涙を拭い、そのまま両腕で抱きしめてくれた。


 近くで感じるセスの鼓動はとても落ち着いていて、それが逆に彼が救われない闇の中にいるように思え、さらに涙が溢れた。

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