第8話
夢を見た。
まったく見覚えのない女性と、まったく見覚えのない男性の夢だった。
どちらもヒューマだろうか。夫婦のようで、生まれて間もない赤ちゃんを抱いて幸せそうに微笑んでいる。
この人たちが誰で、そこはどこなのかなんてどうでもよかった。
ただ、幸せそうなその光景がひどく羨ましい。
あまりにも自分の心が荒んでいるからこんな夢を見たのだろうか。
むしろ心が荒んでいる今の状態で他人の幸せそうな光景を見せられても、余計に荒みそうなんだけど。
◇ ◇ ◇
5歳。シアの下僕として生きてきて2年が経った。
状況的にはあまり変わらないが、この1年で自分のことが少し詳しく分かってきた。
今年はルーク歴2061年。エルフのシエルが死んだのが2054年なので、割とすぐに転生したようだ。
ヒューマの女で神属性。
ヒューマは術を使うのに詠唱と触媒を必要とすると聞いていたが、試しに使ってみたらエルフであった時と同じように4大元素すべて無詠唱、触媒なしで使えた。
それをシアに打ち明けてみたら、魂が覚えているからだろうけど、それをむやみやたらに使うなと怒られた。なので、シアの部屋でのみ練習が許されている。
前世の時みたいに過剰な神力総量を得てしまっても面倒くさいので、そこはシアに確認してもらって一般的なヒューマの術師を超えないように調整している。
本来ならばこの5歳というタイミングで武術に適しているのか術に適しているのかを調べて、各々の長所を伸ばす方向に持っていくらしいのだが、シアの下僕である私は強制的に武術を教え込まれている。
1年前より体罰を与えられることは減ったと思うが、殴る蹴るだけではなく、剣で切られたりするようにもなったので苦痛度は増している気がした。
手の平に小さな炎を灯す。
カーテンで光が遮られた暗い室内が淡く照らされ、生活感のない部屋の様子が浮き彫りになる。
ここはシアの自室だが、着替えと寝るための部屋という感じで、最低限のものしか置かれていない。
今はシアは会議中だ。この軍事施設の中でそれなりの立場にいるらしいシアは、こうやって度々会議と称していなくなる。
その間、私はシアの自室で1人待機するのだが、別にやることもないのでこの時間にもっぱら神術の練習をしている。
部屋に鍵はかかっていない。かけられたとしても中から普通に開けられるし、この建物から出ることも簡単にできる。シアがいない間に逃げ出すこともできるわけだが、やろうとは思わない。この建物から出たところで閉鎖された世界から出ることは不可能だし、シアに見つかれば体罰を重ねられるか殺されるかのどちらかだ。今の現状でシアに逆らっていいことは何もない。
というか、この2年毎日のようにシアから暴力で抑えつけられてきたので、逆らおうなどという気は到底起きない。シアは恐い。セスのお姉さんとはとても思えないほどに冷酷な人間だ。
エルフのシエルが死んでから7年。セスが生きているというのは間違いないようだが、今何をしているのだろうか。
私のことは覚えていてくれているのかな。13年後、会いに行ったとしたらセスは私を受け入れてくれるだろうか。それとももう、セスに私は必要ないだろうか。
セスに会うためだけに生きているのに、拒絶されたらどうしよう。
そんな暗い思考に埋め尽くされる。
ここでの生活が辛すぎて、どうしてもポジティブな思考に至れない。
『シエル、来て』
どれくらい時間が経過しただろうか、ノックもなく扉が開け放たれ、現れたシアがそう告げた。
こうやって連れて行かれる場所はいつも決まっている。私とシアが初めて出会った場所だ。
そこでは、戦闘に使えないと判断された人間がさまざまな薬品の効き目や安全性を確認するため、被験者にされている。現代で言えば治験バイトのようなものだが、実際は人体実験と呼ぶに等しいほどに悍ましい行為が行われている。
その一室を陣取る1人の少女の元に、シアは足繁く通っていた。
名をルーチェ。15歳くらいだろうか。金の髪に緑色の瞳をした、可愛らしい少女だった。




