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第82話

「まだ……まだエリックの意識はあった。なのにあいつは、そのエリックの前で"もう無理だ"と平気で口にしたんだ。俺はそれがどうしても許せなくて……あいつに殴りかかった。と言っても、まぁ、簡単にかわされちまったんだが……でもそんな俺の様子を見て、あいつはしぶしぶ治癒術をかけ始めたよ」


 開かれたページに目を落としながら、ヨハンが言う。

 まるで憎いものでも見るような目つきだ。いや、実際、そういう気持ちもあるのだろう。


「でも結局、神力を使い果たすほど治癒術をかけてもエリックは助からなかった。それを後から知ったあいつは……"致命傷だったんだから当然だろう"なんて言うんだ。俺はその言葉に再びカッとなって、あいつを責めた。"その思考がエリックを殺したんだ"ってな」


「…………」


 ヨハンがそこまで言うのも無理はない。必死で救おうとした患者の前でそんなことを言われれば、誰でもそうなるだろう。


「思うところがあったのか、あいつは何も言い返すこともなく……黙って部屋に戻って、これを書いた」


 ヨハンが診療記録に手を伸ばし、書かれている文字を指でなぞっていく。触媒の光で仄かに照らされた彼の顔は、どこか悔いているようにも見える。




『6/25 エリックが死んだ。ここに来た段階でかなりの出血量が確認でき、致命傷であることは明らかだった。ヨハンはそれでも俺に治癒術をかけるよう指示をしたが、やっても無駄なのになぜやらせるのか分からず、指示には従わなかった。

 しかしそれが彼の逆鱗に触れてしまったのだろう。「今すぐやれ」と殴りかかってきたので仕方なく治癒術をかけた。が、結局エリックは助からなかった。当然だ。致命傷だったのだから。

 でもヨハンは俺に、「その思考がエリックを殺したんだ」と言う。意味が分からない。俺が本気で助けたいと願ったらエリックは助かったとでも言いたいのか。そんな訳ないだろう。気持ちで持ち直せるなら致命傷などという言葉は存在しない。死に至る要因が決まっているから致命傷なんだ。そんな理想論で人の生き死にが決められてたまるか。そんな当てつけみたいな理由で罪を背負わされてたまるか』




 自分に言い聞かせているかのような文面に少し引っ掛かりを覚える。

 まるで、それを認めてしまったら何かが崩れてしまうような、そんな思いが見て取れる文章だと思った。


「俺も言いすぎたのは認める。でも俺は元の世界にいた時、奇跡ってやつを何度も目にしてきたんだ。助けたい気持ちと生きたい気持ちが強ければ奇跡は起こる。それをあいつにも分かってほしかった」


「……はい」


「今でもまだ分かってねぇんだろうな、あいつは。レクシーを救命した時も"助かる可能性があっただけ"なんて言ってたくらいだからな」


「そうかもしれませんね……」


 20年前のあの時、セスは"今でもまだ分からない"と言っていたのを覚えている。ヨハンの推測は間違っていないだろう。しかしその根底には、"目の前で見なければ信じられない"以外の、別の何かがある気がする。


「ヨハンさん、私……セスのところに行ってきます」


「……ああ」


 今すぐ会いたい。

 会って何を話したいのか気持ちは纏まっていないけれど、自然とそう思った。




 ◇ ◇ ◇




「……ユイ?」


 ノックした扉の向こう側から顔を覗かせたセスは、私の姿を認めると驚きの表情を見せた。こんな時間に私が訪ねてくるとは思っていなかったのだろう。


「…………」


 それに構わず、セスの脇をすり抜けて部屋へと入る。

 突然の行動に戸惑ったのか、止められることはなかった。


「ユイ、俺言ったよね。こんな時間に部屋に来るなって」


「…………」


「…………」


 咎めるようなセスの言葉に何も返さず、表情も変えずに立ち尽くす私を、セスもまた静かに見つめている。


 先ほどの言葉が何を指しているのか、分かっていないわけではない。それでも私は、今セスの元に行きたかった。行かなければならない気がした。今なら引き返せると分かっていても、そうするつもりはない。


「…………」


 そんな私の覚悟を察したのか、やがて彼は何も言わず後ろ手に扉を閉めた。


 逃げ道はもうないと知らしめるように、軋んだ音を響かせて――――。

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