表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/152

第79話

「ねぇ、ヨハン。これさ、シエルとルイーナさんに教わって作ったの。受け取ってくれる?」


「……ミサンガか。またずいぶんと懐かしいものを……」


 レクシーがヨハンに黄色のミサンガを手渡している。

 ヨハンの金の髪色に合わせてレクシーが選んだ色だ。


 受け取ったヨハンは、神妙な面持ちでミサンガに視線を落としたまま口を開かない。


 これは夢だ。でも現実だ。

 だから見てはいけない。聞いてはいけない。


 2人の大切な時間を。2人だけの言葉を。


「離れていても、心は近くにいてくれるよね……ヨハン」


「……んな恥ずかしいこと、いちいち聞くんじゃねぇよ」


 覚めろ。

 夢から覚めろ。


 聞くな。知るな。




 何も見るな。




「…………」


 頭が痛い。

 夢を無理やり遮断してしまったからだろうか。船の揺れも相まって眩暈がしているように感じる。体を起こすと、その動きに合わせて頭も一層痛んだ。


 今は朝方のようで、窓の外は薄っすらと白み始めている。


 ネリス、ディエンタ行きの船に乗り込んで初めての夜に転生者を監視する夢を見るなんて。しかしながら、今までリアルタイムで転生者の様子を視ているのかと思っていたけれど、そうではなかったらしい。ヨハンは今一緒にこの船に乗っている。私は彼らの少し過去を視ていたようだ。

 考えてみれば当然か。私が寝ている時間は、多くの人も寝ている時間なのだから。


「よぉ。ずいぶん早いな」


「ヨハンさん……おはようございます」


 デッキに出ると、すでに起きていたらしいヨハンに声をかけられた。デッキには何人かいるが、セスはいない。まだ部屋にいるようだ。


「顔色が悪ぃな。船酔いか?」


「あ……いえ、大丈夫です。少し頭痛がするだけで」


「そうか。1ヶ月以上の船旅だからな。何かあったらすぐ言えよ」


「はい。ありがとうございます」


 医術師らしい気遣いを見せるヨハンの隣に並ぶ。寝起きでそのまま来たのか、白い七分丈のTシャツにゆったりとした黒ズボンと、ラフな格好をしている。今までの彼は、白衣の下もきっちりとした服を着ていたので、何だか新鮮だ。


「こうしてお前と2人きりで話すのも久しぶりだな」


「そういえばそうですね」


 風で乱れた髪をかき上げたヨハンの左手首に、黄色いミサンガが巻かれている。先ほどの夢のこともあり、何だか見てはいけないものを見てしまった気分になって、視線を海に向けた。


「悪かったな。セスとの2人旅だったはずなのに邪魔しちまって。シャンディグラの迷宮までとは言わず、ディエンタに着いたらすぐ別れるからよ」


「え?」


「嫌とは言えなかっただろ? あいつ、勝手に話を進めてたからな」


 思いもよらない言葉に驚く私をよそに、ヨハンは話を進めていく。

 戻した視線の先にいるヨハンの表情は、呆れているようにも見えるし、悲しそうにも見える。


「私、嫌じゃないですよ。だからそんな風に気を遣わないで大丈夫です。せっかくなんだし、迷宮まで一緒に行きましょう」


「まぁ、お前はそう言うよなぁ……」


 どこか諦めたような表情のヨハンに、既視感を覚える。そうだ、リンフィーの結晶を取った後に、"守ってやれなくて悪かった"と謝ってきたヨハンに感謝の言葉を述べたら、今と同じ表情をされたんだ。


 なんだかまるで"本心は違うんだろう"とでも言いたげだな。


「本当は嫌でした、って言葉が返ってこないと満足できないような表情ですね」


「…………」


 その言葉にヨハンは驚きを隠さなかった。揺れる瞳は図星だと言っているようだ。


「だってお前は望んでなかっただろ。あの時眠ることを」


「…………」


 その言葉に、今度はこちらが閉口する。

 私を見つめるヨハンの目は真剣だ。


「見届けたかったんだろ。どんな結末であっても」


「……そう、ですね。確かにその通りです。どんな結末であれ、見届けなければならないと思っていました。でももしあの時それをこの目で見ていたら、セスとは今と同じ関係でいられたか、正直分かりません」


「……聞いたのか」


 眉間に深くしわを寄せて、ヨハンが呟く。


「聞きました。でもそうであろうことは予想していたので、予想通りだったというだけです」


「……そうか」


 ヨハンは静かに私を見下ろしている。

 苦し気な表情で。


 昇り始めた太陽の光が彼の髪に反射して、キラキラと眩しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ