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第76話

 ずっと倉庫にいたらしいセスとレクシーの元へ戻ると、2人は穏やかな表情で迎え入れてくれた。


「いい話ができたみたいでよかったね」


「レクシーから内容を聞いたの?」


 そして私が何かを言う前にセスがそんなことを言ってきたので、てっきりレクシーから会話の内容を聞いていたのかと思いきや、しかしセスは首を振った。


「いや、聞いてない。君の表情が晴れやかだから、悪い話にはならなかったんだろうと思っただけだ」


「あ、そうなんだ」


 そんなに分かりやすい顔をしていただろうか。

 いい話だったかと言えば、私にはそうだが、彼らにとってはそうではなかったかもしれない。


「しっかし、シエルも素直じゃないな~」


 耳がいいレクシーは当然ながら先ほどの内容をちゃんと把握しているようで、何が、とは言わずに呆れたように笑う。


「あー、まぁ、親子だからね」


 そのレクシーに苦い笑みを返して、私はセスと共に診療所を出た。




 ◇ ◇ ◇




「そっか、腕輪をバレッタに……じゃあご両親はまだしばらくエスタにいるんだね」


「うん。ごめん、だからヨハンさんが来る来ないに関わらず、出発が遅れちゃうんだけど……」


「あぁ、それは構わないんだけど……そういうことなら俺も君のご両親に挨拶したいな」


 先ほどの内容をセスに話すと、彼は突然そんなことを言い出した。


「私の両親に?」


 どうしてそう思い至ったのだろう。私の両親に会うのが怖かったと言っていたのに。


「だめかな?」


「あ、違う。そうじゃなくて。だってセス、私の両親に会うのが怖かったって言ってたから」


「うん、今でも怖いよ。でも逃げたくない。俺は君のご両親に、君の傍にいることを認めてもらいたいんだ」


 そう言うセスの表情はえらく真剣だ。


「……セス」


 その様子に胸を打たれ、言葉に詰まる。

 この気持ちは何だろう。複雑だ。でも一番にあるのは嬉しい、だろうか。


「ありがとう、セス。じゃあ近いうちに一緒に行こう」


「うん。ありがとう」


 だが私は、この時の判断をすぐに後悔することとなった。




 ◇ ◇ ◇




 ガタン、と大きな音を立てて、セスが近くにあった椅子を巻き込んで倒れた。


「セス!」


 なぜか。

 それは――――リンクスがセスを殴ったから。


「ちょっと父さん!」


 セスに駆け寄りリンクスを見上げると、彼は怒りとも憎しみとも取れるような表情でセスを見下ろしていた。


 なぜか。

 それは――――セスがリンクスの琴線に触れる一言を口にしたから。


 "彼女が前世で命を懸けて守った仲間というのは、私のことです"、という一言を。


 それを聞いたリンクスは眉間に深い皺を寄せてこう言った。


 "じゃあ、あんたは好きな女に守られて生き永らえたのか"、と。


 言葉が足りないにも程がある。そもそも、なぜセスがそれをあえて言ったのかも私には理解できない。

 しかしそれを説明する間もなくセスが"はい"と頷いたものだから、リンクスの感情はさらに昂り、拳を振りかぶるという暴挙に出た。


 セスに向かって振られたそれはひどく稚拙ちせつな動きで、正直私でも余裕で避けられただろう。セスならば、なおさらそうだったはずだ。


 しかしセスは微動だにしないままその拳を左頬に受け、冒頭に戻る。


 何なんだ、この展開。リンクスたちに"大切な人を紹介したい"と切り出した時は穏やかな雰囲気だったのに。まるでセスが自ら罰を受けることを望んだみたいな――――いや、実際そうなのだろう。


 私の傍にいることを両親に認めてもらいたい。セスはそう言って私の両親に会うことを望んだ。しかし彼にはそれだけでなく、私にさえも言わなかった真の目的があった。


 私の両親から罰を受けるという、真の目的が。


 くそ、そんなことをさせるために連れて来たわけじゃないのに。リンクスもリンクスでなんてことを。


「……辛かったわね、セスさん」


 しかし、殴ったリンクスが何か言うよりも先に、殴られたセスが何か言うよりも先に、今まで黙って見ていたルイーナが憐れむようにそう言った。

 ここで彼女が口を開くなど、リンクスもセスも予想していなかっただろう。もちろん私もだ。静かにセスの方に近づいていくルイーナを、誰もが驚きの目で見つめていた。

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