第75話
「父さん、お願いがあるんです」
ルイーナから離れ、リンクスの元に歩いて行ってそう言うと、彼は不思議そうな顔で私を見返した。
そんなリンクスに構わず、私は右腕から触媒の腕輪を外し、それを彼に差し出す。
「……これは」
すぐにそれが何なのか思い当たったのだろう。リンクスはゆっくりとした動作で腕輪を受け取り、悲しげとも取れるような表情で見つめた。
成人の儀に合わせて作り上げた腕輪。私がずっと大切にしてきたもの。セスに、託したもの。
「それをバレッタに加工してくれませんか。今の私には大きいので」
「これをバレッタに? 俺が?」
腕輪から私へと視線を移し、リンクスが怪訝そうに問う。
なぜ私がいきなりそんなことを言い出したのか分からないと言った様相だ。
そう思うであろうことは私も予想していた。リンクスはたぶん、そういう手先を使う細かい作業は得意としていない。どちらかと言えば体を動かす方にセンスがある人であり、それを彼自身も自覚しているから、そんな目で私を見ているのだろう。
「父さんにやってほしいんです。だめですか?」
「別に構わないが……俺はそういうのが得意ってわけじゃないぞ」
「知ってます。でもお願いしたいんです。これからもずっと共にあるものだから……大切な人にやってほしくて」
「…………」
その言葉にリンクスの瞳が見開かれた。
私の口からそんな言葉が出てくるなんて予想していなかったのだろうか。
「……分かった。これは責任を持って預かろう」
しかしすぐに何かを決意したかのような真剣な表情に居直って、頷いてくれた。
「ありがとうございます。じゃあ2人がどこに宿を取ってるのか聞いても……って、そもそも、2人はどうしてエスタに?」
「…………」
不意に浮かんだ疑問を何気なく口にすると、食堂に静寂が訪れた。
すぐに何かしらの答えが返ってくると思っていたのに、これは。
3人の顔を順に見まわすも、誰も私と視線を合わせようとしない。
――――あぁ、終焉の旅か。今朝ちょうどその言葉をセスから聞いたところだったので、すぐに思い当たった。
2人は死に場所を探しているのだ。だから私には言えないのだろう。
それならば"ただヨハンに会いに来ただけ"、とでも言っておいてくれれば変に疑わなかったのに。察してしまったら見過ごすことができなくなってしまうではないか。
「……なるほど、分かりました。言えない事情もあるのでしょう」
沈黙を打ち破って静かに呟くと、3人の視線が一斉に集まる。
その表情は悲しげだったり、驚きだったり、様々ではあるが。
「だからこれだけ言っておきますね。父さん、母さん、どうか長生きしてください」
「……シエル、お前」
その言葉に、リンクスが苦い顔を見せる。
「あぁ、大丈夫です。何も言わなくて。私、物分かりがいい子供なので。2人もよく知っているでしょう?」
それ以上何も言わせないよう遮ってそう言うと、彼は痛みを耐えるような表情で私から視線を外した。
◇ ◇ ◇
「何が"物分かりがいい子供"だよ。残酷な言葉吐きやがって」
「子供だからですよ。ほら、子供って時に残酷じゃないですか」
ヨハンと2人きりになった食堂で、そんな会話を交わす。
リンクスたちは"ここにいるからいつでもくるといい"と宿の場所を記したメモをくれ、今日のところは帰っていった。
それ以上何も触れないまま。困ったような笑みを見せて。
「それに私、子供時代にほとんどわがまま言ったことなかったので、一度くらいは言ってもいいかなぁって」
まぁ、2人が私の言葉を真に受けて終焉の旅をやめてくれるかは分からないが、考えてみてくれると嬉しい。そして、もう少し生きてみようと思ってくれたら、もっと嬉しい。
「わがままねぇ……」
クッと喉の奥で笑ったような声を出して、ヨハンはそれだけを呟いた。




