第7話
エルナーン。
リビ大陸の西に位置する国で、国境沿いにあるルブラへの相互リンクの所有権をめぐって東に位置する隣国のダダンと長い間紛争状態にある。
他にも、単純に領土を奪い合ったりしているようだが、主な理由はそれだ。
この国ではすべての国民が国に管理され、生まれた子供は強制的に軍事施設に入れられる。そして戦闘のスペシャリストとして調教されて、紛争の最前線に送り込まれるのだ。
そんなエルナーンの国民として転生してしまった私がここから自力で出られるとも思えず、私はシアの下僕になれば15年後にここから出られる、という取引を呑んだ。
それから1年。
私はシアとの取引を呑んだことを、心の底から後悔した。いや、している。
シアの下僕として生きてきたこの1年は、非常に辛かった。
セスの姉であるシアは、エルナーンにいる理由も、15年という期間を私に科した理由も今のところ語ることはない。
ただこの施設で育てられている子供たちの剣術指南役としてそれなりの立場にいる人間のようで、その子供たちに混じって私もシアから戦闘訓練を受けている。それが、生活の大半を占めていた。
「うっ……!」
と言っても、シアが教えるのは10歳を超える子供たちで、4歳の非力な体を持つ私がついていくことは難しい。
「座るな。立て」
「うぁっ……!」
体力の限界を感じて倒れ込んだ私の脇腹を、シアの硬い靴先が蹴とばした。
軽い体は簡単に飛ばされ、激しく地面を転がる。
「……ぐっ!」
追い打ちをかけるように鞘に納めたままの剣で肩を殴られた。
周りについていけず膝をつく度、シアは私に体罰という名の暴力を振るう。
だからなのか、番号ではない名前で呼ばれ、特別扱いされているはずの私は、誰からも嫉妬の対象にはならなかった。そもそもこんな生活を強いられてきた子供たちには、そういう感情すら存在しないかもしれないが。
「ごめんなさい、すぐに立ちます。許してください」
ヨロヨロと立ち上がった私を、シアは冷ややかに見つめた。
◇ ◇ ◇
寝食は常にシアと共に行っている。
シアに与えられた自室で、シアのベッドの下の床で、毎日寝ている。
体罰によって与えられた傷が積み重なっても、シアが私に治癒術をかけることはない。それによってさらに動きが鈍っても、シアは容赦なく私に体罰を浴びせた。体中が痣だらけで動かすたびに痛むが、それが日常すぎて痛みも自分の体の一部なのでは、とまで感じる。
シアの下僕として生きてきた時間がセスと過ごしてきた時間を超えたわけだが、セスと似た顔の人間に毎日毎日殴られて蹴られて恐怖心を植え付けられ、私はセスに会った時に果たして普通に接することができるのだろうか。
『セスは生きていますか』
『またその質問?』
暗い部屋の床に蹲って聞いた私の上から、シアの冷ややかな声が降り注いだ。
ちなみに2人きりの時の会話はアルディナ語で行われている。私が前世の記憶を持っていると悟られないようにするためだとシアは話していたが、正直別段聞かれて困るような会話をすることは今のところない。
この1年で会話に困らないくらいには習得できたと思うので、後に役立つことを信じている。
『それだけしか、私が生きている理由はないので』
『生きてるよ。死んだら言うからもう聞かないで』
「…………」
シアはセスのことを語りたがらない。私にセスのことを聞いてくることもない。どうにもシアが持つセスの印象はいいものではないようなので、私から聞くこともしなかった。
ただこの世界の双子はお互いの生死が分かるらしいのでその確認をしているだけなのだが、それすら鬱陶しがられてしまった。
辛い。
自分に与えられる情報は少なく、それでいて与えられる苦痛は大きい。
下僕。確かにその言葉通りの扱いである。
それが、まだ1年しか終わっていない。
本当に14年後にここから出られて自由になれるのかも分からないし、自由になれたとしてもセスに会える保証もなければ、セスが1人でいる保証もない。
だからこそ、セスが生きているのかどうかだけが今の私の生きる原動力だったのに。
――――早くセスに会いたい。