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第73話

 診療所の裏口から入り、私が来たことをレクシーが伝えに行ってすぐ、ヨハンから食堂に来るようにと言伝を受けた。


 セスとレクシーを残し食堂に入ると、懐かしの顔ぶれが目に入り、胸が締め付けられる。

 私を見ても誰だか分からない当の2人は不思議そうな顔をしているけれど。


「すべての覚悟を決めて来たんだよな」


 ヨハンが私を見てそれだけを言う。


「……はい」


「どうする。俺は席を外しとくか?」


 その目をまっすぐに見つめ返して真剣な表情で頷くと、彼もまた真剣な表情でそう問うた。


「いえ、ご迷惑でなければヨハンさんもいてくれると……」


「分かった。リンクス、ルイーナ、こいつの話を聞いてやってくれ」


 ヨハンの言葉に両親の視線が私へと集中する。


 心臓が、一気に速度を速めた。


「あ……初め、まして。私の名はシエル。生まれた時に名を与えられなかったので、前世での名を名乗らせてもらっています」


 言い終わった瞬間、不思議そうに私を見つめていた2人の表情が驚きへと変わる。


「ぜ、前世?」


 しばらく刻が止まっていたが、いち早く動き出したリンクスが真っ先に浮かんだであろう疑問を口にした。


「はい。私は……貴方たちの子である、シエルの記憶を持ち合わせた人間なんです」


「シエルの……記憶? じゃあ君は……君はシエルなのか!?」


 ガタンと音を立てて立ち上がり、リンクスは泣き出しそうな表情で一歩前に踏み出した。


 リンクスの様子は、まるでそうであってほしいと言いたげだ。そんなことが実際起こり得るなんて、と疑問には思わないのだろうか。


「……そう、ですね。貴方たちの子供として、共に15年を過ごした人間であることは間違いないです」


「どうしてそんな回りくどい言い方をするの? シエルであることに間違いはないんでしょう?」


 今まで黙っていたルイーナが口を開く。その声は震えていて、彼女もまたリンクスと同じようにそうであってほしいという願いを持っているように見受けられた。


 そのルイーナを視界に入れて、すぐにまた逸らす。


「貴方たちの望むシエルは、最初から存在していません。私は貴方たちの子供であるフリをしていた、別世界の人間です。そうやってずっと騙し続けていた私を、貴方たちは今でもシエルと呼べますか?」


 そして自嘲するかのように言い放った。


 本当は、こんなことを言いたいわけじゃないのに。あぁ、私は何をやっているのだろう。


「……お前」


 ヨハンがいつもより低い声でそれだけを言う。

 いや、言いかけて止めたような感じだ。


 本当はきっと「何言ってんだ」って続けたかったんだろう。


 分かっている。自分でも分かっている。

 私に注がれる視線すべてが自分を責め立てるもののように感じてしまい、強く目を閉じた。


「……シエル以外の何者でもないだろ」


 フッと息を吐くようにして告げられたリンクスの言葉に、胸がドキリと鳴った。


「本当に変わらないな、お前は。でもそれが俺たちの知るシエルで、俺たちの望むシエルだ」


 続けられた言葉に恐る恐るリンクスを見れば、彼は呆れたような笑みを浮かべてこちらを見ている。


「そうね。私たちは貴女以外のシエルなんて知らないのだから、他に望みようがないわ」


 さらに続けられた言葉に視線を移せば、ルイーナもまた同じような笑みを浮かべていた。


「……父さん、母さん」


 あえてそう呼ばないようにしていたのに、自然とその言葉が口から出る。


 胸がジワリと温かくなり、それに呼応するように視界も滲んだ。


「しかし転生者って何度でも記憶を持って転生できるのか? 今までそんな話は聞いたことなかったが……」


「とりあえず転生者の中でそれができたのはシエルだけだと思うぞ。何度でもできるかは知らねぇけどな」


 今になってその疑問が浮かんだようで、ヨハンとそんな会話を始めたリンクスを横目に、私はそっと涙を拭った。

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