第72話
「セスは? 匂いが少し離れた場所にあるけど」
「今なにか買ってくるって言って行っちゃったんだけど……あ、そのお客さんってセスも知ってる人?」
「セスは知らないと思うなぁ」
ドワーフの街ロッソで出会った医術師エルンストの存在を思い出しレクシーに尋ねてみたが、彼女は首を横に振った。
セスは知らなくて、私とヨハンだけが知ってる人なんているか?
そう疑問に思った瞬間、条件に当てはまる存在を思い出した。
「エルフの里の、誰か……?」
「うん」
そうであってほしくはないという願いを込めて恐る恐る聞くと、あっさりと頷かれた。
心臓が、ドクンと大きく鳴り響く。
「まさか……私の、両親?」
「正解!」
「…………」
レクシーは笑顔だ。怖いくらいに笑顔だ。
いや、おそらく"シエルも会いたいでしょ"という意味の笑みであろうが、それが小悪魔的な笑みに見えるくらい、私は動揺している。
「ねぇ、私が記憶をもって転生したこと、ヨハンさんは両親に話してた?」
「してないよ。シエルが来てからにするって。ご両親、きっと驚くね」
「…………」
あぁ……レクシーは純粋にそう思っている。
私が今、両親と会うのが怖いと考えているなどきっと微塵にも思っていない。
でもきっと、ヨハンはそうである可能性を考えてくれている。レクシーに呼びに来させて、来るか来ないかを私に選ばせているのだ。
両親は私が転生者であったことを知っている。
私がシエルの器を借りた別の誰かであったことを、知っている。
そしてそれをずっと、隠していたのを知っている。
私の死を知った両親は夢の中で悲しんでくれていたが、あれは転生者だと知る前なのか、それとも知った後なのか。
「レクシー、ごめん、私……」
「あ、セスの匂いが近づいてきたよ」
心の準備ができていない、と続けようとした言葉はレクシーによって遮られた。
◇ ◇ ◇
「なるほど……」
レクシーがここにいるということに若干驚いていたセスだが、事情を説明するとすぐに理解して神妙な表情を見せた。
ちなみにセスが買ってきたものは当然ながら二つだけだったので、今は私とレクシーの手の中にある。野菜とお肉が挟まったホットサンドで、通常であれば喜んで口にしただろうが、残念ながら今はあまり食べる気がしない。
「悩んでいるのなら、行った方がいいと思う」
会うのが怖い、ということも正直に話したので、"なら無理に行かなくても"という言葉がくると思ったのだが、セスから返ってきた言葉は正反対のものだった。
「この機会を逃すともう二度と会えないかもしれないよ。後々になって会っておけばよかったと後悔するくらいなら……今会いに行った方がいい」
「…………」
正論だ。
レクシーではなく、セスの方からそれを言われるなんて予想外ではあったけれど。
何も言葉を発しないレクシーをちらりと見やると、彼女も私を見つめていたようでばっちり目が合った。先ほどまでの笑みはまったく見受けられず、ひどく真剣な表情だ。
「あたしもセスに同意だな。伝えられるうちに伝える。これは……シエルがあたしに教えてくれたことだよ」
そして同じく真剣な声色でそう言った。
あぁ、そうだったな。
思えば一番最初に見た夢が、レクシーがヨハンに感謝を伝えている夢だった。
生まれる直前。夢を夢と捉えられないほどぼんやりとした思考の中で。
どうして今まで忘れていたんだろう。レクシーは私との約束を守ってくれたのに。
「ごめん、行くよ。2人ともありがとう」
そう言って立ち上がると2人は笑みを見せた。が、純粋に嬉しそうなレクシーに対し、セスはどこか悲しげに見える。
その悲しげな表情の裏にどんな思いがあったのか、しかしこの時の私には考える余裕はなかった。




