第71話
結局、ヨハンの返答次第だね、と結論付けて、私たちはローブを買うために術師用品が売っているお店へと出向いた。
セスの心情がいまいち分からない。
ヨハンを誘ったのはセスのくせに(しかも勝手に)、私が歓迎の意を示すと面白くないと言う。意味が分からない。でもそれ以上にセスの方が自身の心情を掴み切れていないようで、道中もずいぶんと気難しい表情をしていた。
というか、いまさら焼きもちを焼くようなことなのだろうか……。
レクシーがちょこちょこ来てくれていたとはいえ、ヨハンとはずいぶん長い間一緒に生活をしてきた。2人きりだったことなど数知らずだ。それで何もなかったのだから、いまさら心配する必要などないと思うのに。
「黒が好きなの?」
「え?」
考え事をしていたせいか、背後から突然かけられたセスの言葉にビクリと体を震わせてしまった。
「さっきからずっと黒のローブを見てるし、着ている服だって黒だから。君にはもっと、明るい色が似合うと思うんだけどな」
「…………」
その言葉に考えを巡らせる。
そういえば、この体に転生してからは黒い服しか身に着けていなかったな。施設の中にいた時に着ていた軍服が黒だったからだろうか。特に意識をして選んでいた訳ではなかった。
「じゃあ、何色がいいと思う?」
「白」
予想外に即答されたが、その答えもまた予想外だった。
「汚れが目立つなぁ……」
「え、じゃあ、赤とか」
「赤は……ないな……」
「ないのか……」
明らかにがっかりされた。
赤が好きなのだろうか。セス自身はモノトーンの服を好んで着ているように思うので、意外に感じる。
しかし赤はなぁ……。前世で討伐隊に参加した時、リーゼロッテが赤いローブを着ていたが、金の髪にとてもよく似合って高貴な感じが表れていた。あれは、そういう人が着るようなものだと思う。
「この色にしようかな」
妥協点として、深い青色をしたケープコート型のローブを手に取った。近くで見なければ分からない、黒糸で施された繊細な刺繍が特徴的だ。
「君は綺麗な黒い髪色をしてるから何を着ても似合うとは思うけど……せっかくなんだからもう少し明るい色にしたらどう?」
「いいんだよ。だってこれは、セスの瞳の色と一緒なんだから」
◇ ◇ ◇
セスの瞳の色と一緒だから、という言葉は予想以上にセスの心を揺り動かしたようで、彼はあからさまな動揺を見せて陥落した。
その初々しい反応を思い出してほくそ笑みつつ、買ったばかりのローブに袖を通す。
さらさらとした生地がとても心地いい。白金貨1枚に金貨5枚。日本円にしたら15万くらいの高価なものだが、以前より能力的には落ちているのでここは妥協しないことにした。
予想通りというべきか、これを買う際にセスがお金を出そうとしてくれたのだが、「大丈夫、お金には困ってないから」と一度言ってみたかったセリフをドヤ顔で言って無理やり自分で買った。
その時の呆気にとられたセスの表情もまた、思い出すとジワジワ笑みが零れてくる。
ちなみにセスは今、何か食べるものを買ってくると足早に立ち去ってしまい、どこにいるのか分からない。
朝ご飯を食べてからそう時間は経っていないので全くお腹は空いていないのだが、きっとそれはセスなりの照れ隠しなのだろう。しょうがないので付き合ってあげることにした。
大通りに面したベンチに腰掛け、腕に嵌めていた触媒を外す。
エルフであった時にはちょうどよかったそれは、今の私には幾分大きい。腕を振り回すとスポンと抜けて飛んで行ってしまいそうだ。
いっそバレッタにでも加工してみようか。髪の毛はより神力を通すと里にいたころ教わった記憶があるので、ちょうどいいかもしれない。
「シーエール」
そんなことを考えていたら不意に名前を呼ばれ、顔を上げるとレクシーがいた。
「レクシー……買い物? こんなところで会うなんて奇遇だね」
「ううん。シエルを探してたの。ヨハンのところにお客さんが来てるから、匂いを辿ってきたんだよ」
「え? お客さん? 私の知ってる人ってこと?」
「うん」
私を探していたということは私に関係がある人間だろう思い問うてみれば、レクシーは笑顔で頷いた。
レクシーが笑顔でいるということは悪い人ではないようだが、誰だろう。




