第69話 Side-セス
「……お前、何言ってんだ?」
俺の言葉が理解できなかったのだろうか。怪訝そうな顔をしてヨハンが問い返した。
「自死をするなど、話をしたところで誰も納得しないだろう。だから貴方は終焉の旅に出るべきだ。それでもレクシーは悲しむだろうが、直接的に死を目の当たりにするよりいい。それくらいの配慮はするべきなんじゃないのか?」
「だからって何でお前らと一緒に行くんだよ。そもそもシエルが何て言うかも分かんねぇだろうが。それ今思いつきで言ってんだろ?」
「確かに思いつきだけど、でもダメとは言わないだろう」
「そりゃあ口では言わねぇだろうさ! あいつはそういうことを言うやつじゃねぇんだから。だが本音ではお前と2人で行きたいって思うんじゃねぇのか!? 何をどう考えたって俺は邪魔者だろーが!」
「…………」
なぜ、彼はそんなに熱くなっているのだろう。
俺たち2人の旅にヨハンがついてきたとして、それの何が邪魔になるのか分からない。
でも俺が分からないだけで、ユイはそう思うのだろうか?
いや、そんなことを思うような人ではないと思うのだが。
「別にずっと一緒にとは言ってない。俺たちはシャンディグラの迷宮に行った後、アルディナに渡る予定でいる。だからそれまでの間だ。どれくらいシャンディグラに滞在するのか決まってはいないが、そこまで長い期間でもないだろう」
「……お前、それを先に言えよ。そういうことなら話は分からんでもないが、でも正直、その後で死に場所見つけんのも面倒だな」
先ほどの熱が一気に下がったのか、ヨハンはスッと声のトーンを落として言った。
「貴方さえよければ俺がやろう。貴方は最後まで自分の手を汚してはいけない。そういうのは、俺のような人間の役目だ」
「…………」
その言葉にヨハンは驚愕の表情を見せた。
揺れる瞳で俺を見つめる様は、恐怖すら感じ取れる。
「そんな言葉が出てくるなんて狂ってる……って?」
「……いや、それがお前なりの慈悲なんだろうってのはさすがにもう分かるぜ。だとしても、シエルはお前にそんなことさせたくねぇだろうし、俺もお前にそんなことはさせたくねぇよ」
自嘲的な笑みを浮かべた俺に反し、ヨハンは悲しく笑って視線を落とした。
「……そうか」
「まぁ、そうやって終焉の旅に出るのもいいかもな。前向きに考えておく。それよか、迷宮の後にアルディナに行くって言ってたが、お前こそどうすんだよ」
突然、話題を変えるように問われた質問の意味が、俺にはよく分からなかった。
「……どうするって?」
「シアの秘石だよ。一族に返すのか?」
「……それは、シエルに使わないのかって意味?」
「いや、そうじゃねーよ。秘石を返したらお前の任務は終わるんだろ? そうなったら一族に縛られて自由にできないって言ってたじゃねぇか」
どうやら深読みしすぎたようで、ヨハンは俺の言葉に苦い笑みを浮かべて言った。
「でもまぁ、同等の意味か? 使うか、返すか。シエルはヒューマだろ。今のままじゃそう長くは生きられねぇよな」
「……あれは……違う。秘石を取り入れると不老になるというのは、言い伝えが一人歩きしているだけで、本当は違うんだ。本当は――――」
◇ ◇ ◇
宿に戻ったころには、もう朝方に近づいていた。
俺が語った秘石の"真実"を、ヨハンはどう感じたのだろうか。ただ静かに聞いていて、そして「そうか」とだけ返した。
その後は別段何かを語り合ったわけではない。心地よい静寂の中、ただ酒を酌み交わして宴は終わった。
酒に酔えればもっと、感傷に浸れたのだろうか。
「……っ!?」
不意に頭が強く痛んで床に膝をついた。
「ぐ……ぁ……っ」
頭が割れるように痛い。
意識が、遠のく。
ダメだ。意識を手放しては、ダメだ。
「……っ、……は……」
痛い。
痛い。
何とか繋ぎ止めた意識が、再び遠のいていく。
一体何、が――――
「――――やっと、手に入れた」




