第68話 Side-セス
「これからのことはもう決めたのか?」
注がれた酒に口をつけた瞬間、ヨハンが切り出した。
「ああ……ネリスに渡ろうと思っている。シエルはシャンディグラの迷宮に行きたいらしいから」
「迷宮ねぇ……。あいつもそろそろ落ち着いてのんびりすりゃいいのに、まだ戦いに身を置くつもりなのか」
俺の返答に呆れたように笑って、ヨハンもまた酒に口をつけた。
「……俺も正直、彼女にはエスタに永住するという答えを出してほしかった。戦いが好きというわけでもないだろうし」
シャンディグラの迷宮に行こう、と最初に話をしたのはかなり前のことだ。ヨハンに会いに行くという漠然とした目的しかなかった彼女が何となく興味を示した場所。
それこそ俺たちは仲間という関係で、彼女が女性だと打ち明けてすらいなかった時期。このような関係になったのに、今あえて迷宮に行く理由が俺にはよく分からない。
「そうだな。俺もそれを勧めるつもりで、お前を呼び出したんだ」
「……?」
「そろそろ、俺も潮時かと思ってな」
「…………」
なぜヨハンがエスタに永住することを俺たちに勧めたかったのか、という疑問は、その後すぐに紡がれた"潮時"という言葉で何となく答えが予測できた。
「死に場所を見つけるから俺が診療所を継げって?」
「別に継げとまでは言うつもりねぇよ。空くから好きに使っていいぞ、って言おうと思っただけだ」
俺の言葉に自嘲気味な笑みを見せてヨハンが言った。
俺の予想は当たらずとも遠からずだったようだ。
確かにそれなら衣食住に困ることはないし、ユイもヨハンの手伝いをしていたらしいから、2人で一緒にやることもできる。
しかし。
「なぜ急にそんなことを? 死に急ぎたい理由でもあるのか?」
「…………」
その質問に、ヨハンはすぐ答えなかった。
視線を落として、静かに考えを巡らせている。
そういえば、席についてから一度も彼と目を合わせていない気がする。普段は相手の目を真っ直ぐに見て話をする人なのに、ずいぶんと思いあぐねているようだ。
「……俺はいつだって見送る側の人間だった。もうそろそろ俺の番が来てもいいだろ。もう、これ以上誰かを見送りたくねぇんだよ。今なら独りになっちまうやつもいねぇしな」
「…………」
よく聞く話だ。
"生に飽きた"、"人の死をこれ以上見届けたくない"、そのような理由で死を望む天族の人間を、俺はずいぶんと見てきた。だからヨハンがそういう理由で死を願ったとしても、「それだけ永く生きていれば、そう思うのも仕方がないのだろう」と、納得はできる。
でも、それは俺の話であって、他の人間は違う。
親しき人間から突然そんな話をされて、「はい、分かりました」と言える人間など、そういないだろう。
「レクシーには?」
「まだ言ってねぇ」
「どういう形を取るつもりなんだ?」
「……俺としては自分でやっちまって、後処理をお前かジスランに頼みたいんだが。輪廻にこだわりはねぇからな」
ヨハンから返ってきた答えは、俺の予想していないものだった。
エルフやダークエルフは自身の生を終わりにする際に、"終焉の旅"というものに出ると聞く。つまり、死に場所を見つけるための旅に出るのだ。
どういう形を取るつもりなのか、と聞いたものの、当然ヨハンもそうして旅に出るつもりでいると思っていた。だが、まさか自死をするつもりとは。
「レクシーが素直に納得するとは思えないな」
「まぁ、そりゃそうだろうがなぁ……」
俺の言葉にヨハンは煮え切らない返事を返して、再び沈黙した。
正直、それで納得しないだろう人間はレクシーだけではない。ユイだってそれを知れば悲しむだろうし、もちろん長い付き合いであるジスランだってそうだろう。
かと言って、そのすべての人間に隠し通したままヨハンが自死をすることは不可能だ。そもそも、それをするなら隠すべきことでもない。
より穏便な方法を取るべきだ。
「ヨハン、俺たちと一緒に来ないか?」
「…………は?」
そう思って問うた言葉に、ヨハンは心底驚いた顔をして素っ頓狂な声を上げた。




