第67話 Side-セス
ユイが驚愕の表情で俺を見つめている。
彼女の内を支配するのは驚きか恐怖か戸惑いか。
何にせよ、今さら自分の取った行動を悔いても遅い。彼女の華奢な体は今、俺が支配しているのだから。
船の運航スケジュールを調べた後、彼女と夕食を共にして宿に戻り、風呂に入って落ち着いた頃に彼女が部屋を訪ねてきた。
アルディナ語の読み書きを教えてほしい、と俺を見上げる彼女は、今までとは違うゆったりとしたローブを着ていて、まるで警戒心を感じさせないその姿に俺の頭の中で何かが外れる音がした。
無言で彼女の腕を引くと抵抗もなくその体は倒れ込んできて、そのまま投げるようにベッドへと放った。
そして転がる彼女の両腕を捕えてベッドへと縫い留め、その上に跨って今に至る。
「どうしてそんな目で俺を見るの?」
驚きと恐怖で固まっているユイを見下ろして問うと、彼女の体がビクリと震えた。
まさかこのような状況に至っている理由が分からないとでもいうのだろうか。
「ねぇ、ユイ。こんな時間に女性が一人で男の部屋を尋ねることが何を意味しているのか、本当に分かってないの?」
「待っ……」
覆いかぶさってユイの耳元で囁くと、彼女が俺の下で身じろいだ。
そこまで言えばさすがに意味を理解をしたのだろう。
「…………」
このまま事に及ぶつもりはないので素直に上から退くと、彼女は弾かれたように上体を起こして、揺れる瞳で俺を見つめた。
「もう少し警戒心を持ってもらわないと困るよ。今の君は前世の君とは違うんだから」
「ご、ごめん」
そんなユイを見下ろして諭すと、彼女は泣きそうな顔で謝罪した。
「分かってくれればいいよ。とりあえず今日はもう部屋に戻って。アルディナ語の勉強は日が高い時にやろう」
俺の言葉にユイは"分かった。おやすみ"と返事をして、少しだけ悲しそうな表情を見せながら出て行った。
「…………はぁ」
思わずため息が出る。
彼女は、あんな無防備な姿をヨハンにも見せていたのだろうか。
だとしてもヨハンは不用意に手を出すような人間ではないと思うし、実際何事もなかったようだが、これが別の男であったならどうなっていたか分からないわけで……その辺りの自覚をもっと持ってもらわないと俺の神経が休まらない。
「…………」
――――いっそ、閉じ込めてしまえれば楽なのに。
◇ ◇ ◇
夜もだいぶ更け、闇が深まったエスタの街は不気味なほど静かだ。
学生だけではなく、冒険者もそれなりに多い街であるはずなのに、喧騒などは耳に届かない。今歩いているここが、冒険者向けの場所ではないからかもしれないけれど。
「悪かったな、こんな時間に呼び出して」
一見すると普通の住居のような、看板も何も出ていない建物に足を踏み入れると、すでに来ていたらしいヨハンに声をかけられた。
人伝でしか知り得ない、限られた人間だけが訪れる酒屋。個室があるわけではないが、部屋の広さの割に置かれている座席数が少ないので、他の客に気を遣う必要がない造りになっている。
この場所を指定したのは彼で、この時間を指定したのも彼だ。
「あまりいい話ではなさそうだから来たくはなかったんだけどね」
こんな時間に、しかもこんな場所を指定するくらいだからユイやレクシーには聞かせたくない話だろう。そういった類の話は大抵悪い方向のものだから、当然足も重くなる。
「まぁ、そう言うなよ。たまにはゆっくりと語り合おうぜ」
そう言いながらヨハンは空いているグラスに酒を注いで俺に差し出した。
たまにはも何も、ゆっくり語り合ったことなど今までにあっただろうか。ずいぶんと長い時間を共に過ごしてきたはずなのに、いつだって俺たちは自分の想いをぶつけるだけだった気がする。




