第66話
「君のご両親に会うのが怖かったんだ。そこで君の面影を見つけるのが、怖かった」
消え入りそうなほどのか細い声で、セスが言う。
ヨハンが里を訪れたのは私が死んでから2年くらい経ってからのことだ。セスがそこまで私の死を引きずっていたことに、胸が締め付けられた。
「じゃあセスはシスタスでヨハンさんを待ってたの?」
「いや、シスタスについた時点で別れた。里から帰って来たヨハンに会うのも怖くて」
私の質問にセスは視線を合わせないまま答えた。
まるで私と向き合うのも怖いみたいだ。
「ごめんね、セス。辛い思いをさせて」
「……え?」
私の言葉が予想外だったのか、セスが驚きの表情を浮かべて私を見た。
「苦しめてごめん。それでも……生きててくれてありがとう」
「…………」
続けた言葉にまた痛みを耐えるような顔をして、セスは何も言わずに視線を外した。
「……君に救われた命だから」
「…………」
長い沈黙を経て、絞り出したような声が耳に届いた。
そこには想像を絶するような苦しみがあったのだろう。もしかしたら、あんな決断をしてしまった私を恨んですらいたかもしれない。そんな悲痛な思いが含まれているような言い方だった。そう思わせてしまった元凶である私には、何も言うことができない。
「さ、暗くなる前に船の運航スケジュールを調べに行こう」
そんな私を見兼ねてか、セスが笑みを浮かべながら話題を変えた。
今の私では「ごめん」という言葉しか口にできそうにないので、その気遣いに甘えて席を立った。
◇ ◇ ◇
エルナーンから降り立って以来に立ち寄る港は、活気に溢れていた。
あの時はシアに見つかったらどうしようという不安が大きく、あまり周りを気にする余裕はなかったが、そこかしこの露店から魚介類を焼くいい匂いが漂ってきて胃袋をくすぐっていく。
元の世界では別に好き好んで食べていたわけでもなかったが、この世界では圧倒的に肉食が多いので、とりわけおいしそうに感じてしまう。
「何か食べる?」
露店を通り過ぎるたびに目をやっているのがバレたのか、セスが苦笑いまじりに言った。
「ごめん。こうして売られているものはお店で食べるよりもおいしそうに見えて、つい」
「別に謝ることじゃない。せっかくだから何か買おうか」
私の言葉に柔らかく笑って、セスはとある露店からリィラという魚の塩焼きを買ってきた。
これは元の世界でいう鮎に近い魚で、大きさも味もよく似ている。食べ歩きするには打ってつけだ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
何だかお祭りデートしているみたいだな。元の世界ではまったくそういう経験がなかったので、急に恥ずかしくなってきた。顔が赤くなってしまいそうなので、とりあえず食べることに集中しよう。
◇ ◇ ◇
「ネリス行きの船は大体5日置きに出ているようだね」
元の世界でいう電車の時刻表のようなものを見ながらセスが呟いた。
この場所にはエルナーン、アルセノ、ネリスと多様な行先の運航予定表が貼られているが、どこの場所へも数日置きにしか運航されていないようだ。まぁ、船だし当然か。
「次の出航は明後日か。どうする?」
セスが私を振り返って聞いた。その明後日の便でエスタを発つか、という意味合いで聞いているのだろう。
「ヨハンさんたちにちゃんと挨拶したいし、買いたいものもあるから……その次の便にしてもいい?」
「いいけど……何を買うの? 船内で食料や日用品は買えるから買い足さなくても大丈夫だよ」
買いたいものがある、という私の言葉に思い当たるものがなかったのか、セスが不思議そうな顔をして問い返した。
確かに旅に必要な物と言ったら日用品や保存食が主だ。そのどちらも船内で売っているので、改めてエスタで買い足す必要はないというセスの言い分は分かる。
「ローブを買おうと思って」
剣を捨てて神術のみでいく、と決めたからにはそれなりの格好というものがある。今の私はどちらかと言えば剣士よりの服装だし、術師っぽく見せなければ。何より、単純に能力アップにも繋がるわけだし、買わない手はない。
「なるほど。じゃあ明日にでも買いに行こうか」
セスもその言葉にすんなり納得したようで、頷いて港を後にした。




