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第63話

「ねぇ、セス、その本、前にくれた診療記録?」


「あぁ……そうだよ」


 メモが挟んであった本にも見覚えがあってそう尋ねると、セスは頷いてそれを手渡してくれた。


「懐かしい……」


 年季の入ったそれをペラペラとめくってみる。

 綺麗な字で書かれたミトス語、時折混じっているアルディナ語、って、あれ……待てよ?


「そういえばさ、セスはヨハンさんに知られたくないことをアルディナ語で書いてるって言ってたよね」


「……? うん」


「ヨハンさん、シアが来た時、普通にアルディナ語喋ってたけど……」


「………………え?」


 だいぶ長い間を空けてから、セスが素っ頓狂な声を上げた。

 ヨハンがアルディナ語を喋れることを知らなかったのだろう。信じられないものを見るような目で私を見つめている。


「いや、読み書きができるかまでは分からないんだけどね」


「……え、いや……え?」


「…………」


 ここまで狼狽えるセスを見たことが今までにあっただろうか。

 いや、まぁ、そうだよね。アルディナ語で書けばヨハンには分からないだろうと思って書いた愚痴や嫌味が、実は全部筒抜けだったかもしれないなんて、そりゃ狼狽えるよね。


「嘘だろ……」


 文字通り頭を抱えてセスが絶望した。


「ふふっ……」


 普段からは想像もつかないその様子に、思わず笑みが零れる。


「いや、ユイ、笑いごとじゃないんだけど……」


「うん、ごめん。でも、あは、面白くて……」


「君の笑顔を見たいとは思ってたけど、こんなことで……くそ……」


「……え?」


 今度は私が素っ頓狂な声を上げる番だった。


「笑顔を見たいだなんて、俺が言うのは赦されないのかもしれないけどね……」


 そんな私の様子を見て、セスが悲しそうに笑って言った。


「……私、笑ってなかった?」


「うん、まぁ、笑えるような心境でもなかっただろうし」


「…………」


 そうだっただろうか。特に意識もしていなかったからよく覚えていない。


「でも、"赦されない"なんて言わないで。もう終わったんだ、全部。自分を責めるのは終わりにしよう」


「……ありがとう」


 私の言葉に悲しい笑みを浮かべたまま、セスは静かに瞳を伏せた。

 きっとセスはまだ、セス自身を赦せていないのだろう。


『ねぇ、セス。私にアルディナ語の読み書きを教えて。喋るのはできるようになったから』


『ずいぶん流暢に話せるようになったんだね。シアに教わったの?』


 話題を変えるためにもアルディナ語でそう言うと、セスは驚きの表情を浮かべて私を見つめ、同様にアルディナ語で返した。


『うん。でも読み書きは教えてくれなかったんだ』


『そっか。じゃあまた、少しずつやっていこう』


『ありがとう。じゃあ教科書はこれで』


 診療記録を顔の横まで持ち上げながら、わざとらしく笑みを作ってそう言うと、セスは気まずそうな顔で視線を逸らした。


『言うようになったね、ユイ……』


 拗ねているようにも見えるその表情はどこか可愛らしくもあり、さらにジワジワと笑みが零れてくる。が、これ以上からかうのも可哀想なので、私はそれを必死に噛み殺した。


「ねぇ、私たち、これからどうしようか」


「……君のしたいようにしていいよ。どこかに居を構えてもいいし、行きたいところがあるなら行ってもいい」


 今後のことを切り出してみると、セスはフッと表情を柔らかくして答えた。


 そう言われると思った。

 まぁ、でも、前世では未練を残して死んだわけだし、やりたいことはある。この際だから遠慮なく好きにさせてもらおう。


「アルディナに行ってみたい。あと、アルセノの迷宮にも行ってみたいな」


「なるほど。前にも行きたいって言ってたもんね。じゃあ迷宮が先でもいいかな? 報告はここに来る前に済ませてしまったから、アルディナにはしばらく行きたくないんだ」


 私の言葉にセスは納得したような表情を見せて、そう提案した。

 そうか、ここに来る前アルディナに報告しに行ってたのか。


「いいよ。でも次にアルディナに行く時はどう報告する?」


 セスはシアを殺し、おそらくその秘石を回収した。セスが一族から命じられたことは達成してしまったのだ。それを報告したら、セスがミトスにいる理由はなくなってしまう。


「……その辺のことはちゃんと考えないといけないね。上の人間はそう簡単にシアの捜索を打ち切ることはしないだろうから」


「そうなんだ。どうしてかな」


「シアが自身の秘石以外に、もう1つ秘石を持っていたからだよ」


 その言葉でシアがカミューに渡した秘石の存在を思い出し、私の心臓はドクンと大きく鳴り響いた。

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