第62話
宿に頻繁に出入りしていた私と、どう見てもシアの肉親と分かるセスの2人で訪れたそこは、何の障害もなくスムーズに引き払うことができた。2人の荷物もすんなり持ち出せて、日本では考えられないような管理体制に驚いたほどだ。
「ほとんどが服だね」
2つあった大きな鞄の中は、服とお金とシアが仕事で使う道具くらいしか入っていなかった。
「金以外は処分しようか」
床に広げたそれらを見下ろしながら言うと、セスも同様に見下ろしながら冷たい声色で返した。
ここはヨハンの診療所にほど近い場所にある宿の一室だ。
シングルで2部屋取り、今後のことを話し合うためにセスの部屋を訪れて今に至る。
「じゃあお金以外はしまっちゃうね」
「うん、ありがとう」
一応女性の私物だったものだから、という理由でセスは2人の荷物に触れていない。確かに女性ものの服などに手を付けづらいのは分かるが、一体それは誰に気を遣っているのかいまいち謎だ。
「荷物と言えば、前世の君が持っていたものでまだ返していないものがあるんだ」
片づけ終わって一息ついた瞬間、セスがそう切り出した。
「…………?」
返してもらわなければならないものなんて、持っていたっけな?
ごそごそと荷物を漁るセスを横目にそう考えを廻らせつつ、私はセスが入れてくれたジシ茶を口に含んだ。
「まずはこれ」
ジャラ、という音を立てて、見覚えのある革袋がテーブルに置かれた。
「お金?」
「ああ」
それを財布として使っていたのは覚えていたので、そうだろうことは承知の上で聞くと、即座にセスは頷いた。
「中身には手をつけてないから、そのまま返すよ」
「この20年間ずっと?」
「うん。これに手をつけなきゃいけないことにはならなかったから」
「なるほど……ありがとう」
そりゃあセスがお金に困ることはないのだろうが、20年間ずっとそのままだったというのもすごい。まぁ、せっかくなので、ありがたく受け取っておこう。
「ついでにシアが持っていた金も君のものにするといい」
「え、それはさすがに」
だいぶ重厚感がある音を響かせて置かれたそれを前に、たじろぐ。いくら入っているのかは知らないが、結構な額であることは間違いないだろう。それをポンと渡されてありがとうと受け取れる神経はさすがに持ち合わせていない。
「いいんだよ、慰謝料と思えば。これでも足りないくらいだけどね」
「えぇ……」
ズイ、と私の方へ革袋がずらされた。
こうなってくるといくら辞退してもセスは納得しないだろうから、受け取るしか選択肢がなくなってくる。
「じゃあ……ありがたくいただきます」
「うん」
言葉での攻防を交わしても最終的には負けるので、ここは素直に受け取っておくことにする。
「次にこれなんだけど」
そう言ってセスは鞄から本のようなものを取り出し、ページの間に挟まっていた1枚の紙切れを引き抜いて私に手渡した。
「これは……」
紙には豪快な字で住所と思わしきものが書かれている。
「カルナへの定期便で一緒になったドワーフの人がくれた紙だ……」
ずいぶんと懐かしい。確かにこれも鞄に入れてあった物の1つだ。
ルワノフで店を開いているから必要になったら来るといいと言って、別れ際に書いて渡してくれたものだったな。彼の名前は何だったか……。濁点が多い名前だった気がするんだけど思い出せない。
「そこに書かれている場所は何なんだろうと思って、一度行ってみた」
「行ったの!?」
名前を思い出そうと頭を捻っている最中に告げられた言葉で、思考は完全に遮られた。
「うん。ずいぶんといいものが置かれている武器屋だったね。死んだ仲間がメモを持っていたから、と店主に話したら君の死を悲しんでいたよ」
「そうなんだ……」
セスがこのメモを見て、実際に行ってみたというのは驚きだ。
私が死んだ後もセスはそうやって私のことを想ってくれていたんだな。




