第61話
「あぁ、シエル、ヨハンは何だって?」
レクシーの手伝いをしようと食堂に入った瞬間、彼女と話をしていたらしいセスが声をかけてきた。
「お昼ご飯を食べて問題がなければ後は自由にしていいって」
「そう。じゃあ俺は少しヨハンを手伝ってこようかな。また後でね」
私の返答に柔らかい笑みを見せて、セスは食堂から出て行った。
笑みを浮かべてはいたが、何だか逃げるみたいだ。私が来たのが何かまずかったのだろうか。
「んふふ~」
廊下の方を呆然と見つめていた私の背後からかけられた不穏な笑い声に振り返ると、レクシーがニヤニヤとした顔で私を見つめていた。
「えぇ……何、その顔……」
「いやぁ~……まさかセスがあんな答えを出すとは思わなくてさ~。ついニヤついちゃった」
と言いながらもその表情を正す気はないようで、レクシーはニヤニヤとしたまま私の反応を窺っている。
そうか、レクシーには先ほどの私とセスの会話が全て筒抜けだったんだ。改めてそれを考えると、とてつもなく恥ずかしくなってくるな。
セスとレクシーは今まで話をしていたようなので、セスも同様に同じ気持ちになって逃げだしたに違いない。正直、私も逃げ出したい気分だ。
「セスに何て話したの?」
「自分を責める気持ちを持つのも、償いたいと思う気持ちを持つのも当然のことかもしれないけど、今のシエルに慰みや憐れみは酷だよ、って言っただけ。だからセスがシエルに言った言葉は、全部セスが自分で考えて結論を出した言葉だよ」
しかし逃げ出すわけにもいかないのでレクシーに尋ねてみると、スッと真面目な顔になって答えてくれた。
「なるほど……。セスに話をしてくれてありがとう、レクシー」
別にセスの"赦してくれ"という言葉がレクシーから言わされたなんて思っていなかったが、それでもその話を聞いて嬉しく思ったのは事実だ。
レクシーからそれだけを聞いたセスが自分であの結論に達して、しかもレクシーが聞いているのを承知の上で弱い部分を見せてくれたのだから。
「どういたしまして。良かったね、シエル。セスがあんなにもシエルのこと必要としてくれてて」
先ほどとは打って変わり、優しい笑みを見せてレクシーが言った。
「……うん。ありがとう。後は、自分自身の気持ち次第かな」
セスにああ言ってもらったからといって、自分が持つ不安が全てクリアになったかといえばそうではない。やはり負い目はなくならないし、自分を見せるのは勇気がいる。もう少し時間が必要だ。
「そうだね。でも2人ならきっと大丈夫だよ」
「ありがとう」
大丈夫、というレクシーの言葉が心に染みる。
◇ ◇ ◇
昼食が終わり、体調に問題もなさそうだったので、私とセスは診療所を出た。
診療所に泊まってもいいとヨハンは言ってくれたが、2人でゆっくり話し合いたいからとセスはその申し出を断ったのだ。
と言っても、エスタにいる間はちょこちょこと顔を出すと約束をしているので、何だかんだで診療所にいるのと変わらないことになりそうな気はする。
「とりあえずこの辺りで宿を取ろうか」
「あ、セス……あのさ、シアとルーチェが使ってた宿があるんだけど、どうしよう。2人の荷物がまだそこにあるんだよね……」
歩き出したセスを引き留めてそう言うと、彼は立ち止まって私を振り返った。
「あぁ、そうか……。先にそっちの宿を引き払おうか。案内してくれる?」
そして少し考えてから、そう結論付けた。
僅かに眉が寄っていて、やりたくないけど仕方がないとでも言いたげな表情だ。
「うん、こっちだよ」
その気持ちも分かるので私も何も言えずに、ただ頷くしかなかった。




