第60話
「よぉ。調子はよさそうだな」
部屋に入ってきたヨハンが私を見るなりそう言った。
しかしその表情はなぜか険しい。横になっていなかったのがまずかっただろうか。
「はい。ありがとうございました、ヨハンさん」
「これがお前の腹の中に埋め込まれてた結晶だ」
そう言ってヨハンから手渡されたのは、ずいぶん前にも一度目にした赤い結晶。といっても別に懐かしいなどという気持ちになるわけでもないのだが。
「割と新しめの傷の中にあった。1年は経ってないんじゃねぇかと思う」
「……そうですか」
とすると、それはおそらくカミューから受けた傷だ。シアが私を盾にした時の。
出国する前にシアが医術師に依頼したのだろうか。万が一エルナーンから出てきた時のために。あそこでリンフィーなど一度も目にしていないので、確率的には高そうだ。
まぁ、もうどうでもいいけど。
「お前、麻酔で眠ってから丸1日以上経ってるって知ってるか?」
「あ、はい。セスから聞きました」
ヨハンからの問いかけに思考を慌てて戻す。
「あいつな、すぐにできなかったんだよ……お前の治癒」
「え?」
しかし続けられた言葉は、戻したばかりの思考ではあまり理解できないものだった。
「泣きそうな顔で突っ立ってると思ったら突然狂ったように叫びだしてな……。収拾がつかなくなったから、一旦縫合して時間を置いたんだ。立ち合いさせなくて正解だったぜ」
「……狂ったように叫びだした……?」
今私たちはセスの話をしているんだよね? と思い返してしまうくらいに信じられない言葉だった。
「それだけショックがでかかったんだろう。好いてる女がそこまでの痛みを負わされたことも、それを守ってやれなかったことも。さらにはそれをやったのがてめぇの肉親とあっちゃ……まぁ、普通は耐えられねぇよな」
「…………」
「だから俺はあいつがあんな風に取り乱して、逆に安心してる。あいつもただの弱い人間だったんだってな」
「ただの弱い人間……」
だとしても、そんな取り乱した姿をヨハンに見せたことも私からすれば驚きだ。見せようと思って見せたわけでもないだろうが、見せないようにするのがセスという人間だと思っていた。それができなかったくらい私のことを大切に想ってくれているということだろうから、私としては嬉しくもあるのだけれど。
「まぁ、これでお前を縛るものは何もなくなった。ここから先は自由に生きろ」
どこか悲しげな表情でヨハンが言う。
なぜヨハンがそんな顔を見せるのだろう。
「はい……ありがとうございます」
「……俺を頼ってここに来てくれたのに、守ってやれなかったばかりかお前を苦しめることになっちまって悪かったな」
悲しげな表情のまま続けられたヨハンの言葉は、予想外のものだった。
それはきっとレクシーを人質に取られた時のことを言っているのだろうが、悪いのはシアであってヨハンではないのだ。むしろセスと一緒に助けに来てくれて本当に感謝しているのに、そんな風に言われるとひどく萎縮してしまう。
「いえ、そんな。ヨハンさんにはたくさん助けていただいて本当に感謝しているんです。逆に私の方が迷惑をかけてしまって……すみませんでした」
「……お前らしいな」
私の言葉にヨハンはどこか諦めたような笑みを見せて、視線を外した。
まるでその言葉が残念だったかのようだ。
「昼飯食って問題なさそうなら後は自由にしていいぞ。やれそうならレクシーの手伝いでもしてやってくれ」
「はい……」
しかしヨハンはそれ以上話題を膨らませることはなく、それだけを言って部屋から出て行ってしまった。
ヨハンは一体どんな返答を望んでいたのだろうか。
気にはなったが、私ではきっとその答えを得ることはできないのだろうな。




