第59話
今まで、弱い自分をただ必死に隠してきただけだったのだろうか。
氷のような冷たさは、そのための虚勢だったのだろうか。
簡単に崩れてしまうことが分かっているから、すべてにおいて一線を引いていたのだろうか。
そうやって自分を守ってきたのに、なぜ今私にそれを見せたのだろうか。
私になら、見せてもいいと思った?
それほどに、私を求めているの?
ねぇ、セス、貴方の口から教えてよ。
静かに伏せたセスの瞳から、再び涙が流れ落ちた。そうしてまた俯いて、組んだ両手で顔を覆う。
私はそんなセスの前に降り立って彼の首に腕を回した。
短くなった髪の毛がさらさらと私の手をくすぐる。それはとても心地よく、その感触を楽しみながら回した腕に力を込めた。
「赦すよ。でもその代わり、死んでも離れないから」
「……ユイ」
その言葉にセスは切なく名を呼んで、私の背に腕を回した。
昨日みたいにきつく抱くという感じではない。縋っているかのような、弱弱しいものだった。
「赦す」
もう一度繰り返して言うと、セスの腕の力が少し強まった。
これが、今のセスに必要な言葉なのだろう。
さっき自分でも言っていたように、セスを赦していないのは私ではなく彼自身なのだとセスにはちゃんと分かっている。でももうきっと、自分ではどうしようもないのだ。自分自身やシアを赦せない気持ちをどうにもできなくて、私に助けを求めているのだ。
それが、どうしようもなく嬉しかった。
だからと言って自分の体にある傷が消えるわけじゃないし、負い目を感じないかと言ったらそうではないが、セスがそんな私を必要としてくれたことで私も赦されたような気がする。そのままの私でいいのだと、言ってもらえたような気がする。
嬉しい。
きっとセスは私がこんなことを考えているなんて思っていないだろうな。
「……ありがとう、ユイ」
長い沈黙を経て、呟くような声が聞こえた。
それと同時に体が離され、困ったような、気まずそうな表情をしたセスと目が合う。
照れているのだろうか。心なしか顔も少し赤い気がした。
「君の目が覚めたこと、ヨハンに伝えてくるよ。傷は完全に癒えているとはいえ、ずいぶん長く眠らせちゃったからね。ヨハンも君の具合を確かめたいだろう」
私からフッと目を逸らしてセスが立ち上がる。
長く眠らせたというのはどういうことだろうか。確か目が覚めてすぐの時にもそう言っていた。
「私、どれくらい眠ってたの?」
「丸1日……は過ぎたかな。ごめん、俺のせいなんだ。自分の気持ちがどうしても纏まらなくて」
「あ、そうなんだ……」
まじか。そんなにか。治癒術を使ったはずのセスの息が乱れていなかったから、そこそこの時間は経過しているのだろうと思ってはいたが、さすがにそこまでとは予想していなかった。
先ほどのあれがそれだけ長い時間考えた末の結果だと考えると、本当に纏まらなかったんだな。
「横になってて。すぐ呼んでくるから」
そう言って私の返事も待たずに、セスは部屋から出て行ってしまった。
横になっててと言われても別に体の異常は感じられない。
寝て待ってるのも変な感じなので、私はベッドに腰掛けてヨハンを待った。
何だか夢のようだ。
セスがあんな風に私に縋ったのも涙を見せたのも、全部。
今までのセスからは想像もつかない姿だった。そういう姿こそ、私には見せない人だと思っていたのに。
でもこれが……すべてをあげるということの1つなのだろうか。
他にも私の知らないセスがいるのかな。
知りたい。全部。




