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第58話

 眠い。

 瞼が、重い。


 私はどうしたんだっけ?


「――――、ユイ」


 誰かが、私の名前を呼んでいる。


 心地よい声だ。

 好きな声だ。

 もっと、聞いていたい。


「…………」


「ユイ、起きて」


 何とか重い瞼を開けると、ぼんやりとした視界の先に誰かがいた。


「……眠い」


「うん。でもごめん、起きて。ちょっと長く眠らせすぎちゃってるから」


「……?」


 告げられた言葉の意味が、よく分からなかった。


「がんばって起きて。ユイ」


 あぁ……眠い。その心地よい声はまるで子守唄のようだ。


「…………」


 でも何か……何か大事なことが、あった気がする。


 そう、大事なことが……。


「……っ!」


「あぁ、いきなり体を起こすのはダメだよ」


 勢いよく起こそうとした体は強い力に制され、浮いた体がベッドに沈んでいく。

 見るとセスが切なげな表情で私の肩を押さえていた。


「セス……」


 そうだ、私はヨハンさんに結晶を取り出してもらって、セスに傷口を塞いでもらったんだ。

 セスがここにいるということは、全部終わったということか。


「気持ち悪いとかない? 大丈夫?」


 切ない表情のまま、優しい声色でセスが問う。


「……大丈夫」


「……そう。よかった。じゃあ横になったままでいいから、少し話を聞いてくれるかな」


 悲しく見つめてくる視線に耐えられず、思わず目を逸らしてから答えると、セスはフッと息を吐いて横の椅子に腰かけた。


「……うん」


 戻した視線の先に見えたのは、少し前かがみになって俯くセス。こんな時に何を考えているのだろうと自分でも思うが、それはひどく美しかった。


 何を言われるか分からない恐怖から現実逃避でもしているのだろうか、私は。


「……ユイ」


 セスが顔を上げて姿勢を正し、真剣な表情で私を見つめて名を呼んだ。


「俺たちのせいで君を苦しめてしまって……君の心と体を深く傷つけてしまって、本当に申し訳なかった。君はこんな言葉も聞きたくないのかもしれないけど、ヨハンから聞いたことが君の痛みのすべてじゃなかったと知って、俺はどうしても自分がゆるせないんだ」


 セスの表情は、見ているこちらの胸が締め付けられるような悲痛な面持ちだった。泣き出してしまうのではと思ってしまうほどだ。その言葉がどれだけ本心かというのが伝わってくる。


「セス……」


 こんな言葉も聞きたくないのかもしれない、という言葉が出たのはレクシーから話を聞いたからだろう。

 そうやって謝罪の言葉を口にするだろうことは予想していたし、聞きたくないというわけでもないが、セス自体は別に悪くないのだ。彼が謝ることではないし、自分を責めることでもない。

 しかしそれを言ったところでセスは納得しないだろうな。


「こんな言葉、君は望んでいないだろうことは分かっている。償いたいと思う気持ちが負担になってしまうだろうことも分かっている。でも正直、そんな気持ちを見せるなというのは無理な話なんだ。だって君のことが、大切だから」


 そう言いながらまた俯いた。

 両膝に肘をつき、組んだ手を額に当てている。まるでそうすることで顔を隠したいみたいだ。声も少し震えていたし、まさか本当に泣いているのだろうか。


「……セス」


「ユイ」


 上体を起こして名を呼んだと同時に、セスもまた私の名を呼んでこちらを見た。


「…………」


 そうやって私を見つめる彼の姿は、どこか現実離れしている光景のように思えた。あまりにも儚くて、美しくて、繊細で。目の前にいるはずなのに、手を伸ばしても触れられないのではないかとさえ思ってしまう。


「俺を赦してくれ。もうダメなんだ。俺は君を手放せない。俺には君が必要だ。だからどうか、俺を赦してくれ……」


 そう紡ぐセスの目から涙が一筋流れ落ちた。


 まさかそんなことを言われるとは思っておらず、しかも本当に泣いてしまうとも思っておらず、私は刻が止まってしまったかのように、動くことも言葉を発することもできなかった。


 しかし今までに見たこともないような弱弱しいその姿は、私の胸を激しく高鳴らせた。


 愛おしい。そんな気持ちが溢れてしかたがないほどに。

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