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第57話 Side-セス

 色々な感情が渦を巻いていて、頭がおかしくなりそうだ。


 ユイは俺に傷のことを知られたくなかった。でも結晶を取り出した傷を治癒術で塞がないと言ったところで、俺は納得しないだろうからと無理やり決断した。

 確かにレクシーの言葉通り、治癒術をかけなくてもいいとだけ言われたところで俺は納得できなかっただろう。何も考えずに理由を聞いて、さらに傷つけてしまったかもしれない。


 女性の体に一生残る傷ができてしまったら、それはもちろん同じくらい心も傷つくだろう。それを誰かに知られたくないと思うのも当然だ。それが全身にあるというのなら、なおさらに。


 しかしユイは、それでも俺を恨んではいない。

 今度こそ一緒にいたいという言葉も、その時に見せた涙も、偽りではなかったように思えた。そうなった元凶が俺にあると分かっていながら彼女は俺を赦したのだ。


 そんな彼女に贖罪しょくざいの気持ちを押し付けるのは確かに酷なのだろう。


 だとしても、そういう気持ちを持つなと言われても無理な話だし、そういう気持ちを微塵も見せるなと言われても無理な話だ。彼女がそれを望んでいないからと言って、そういう気持ちを持たなくていいという訳でもない。


 でもユイは、すべての覚悟を負っている。


 今まで、彼女に触れることは意図的に避けてきた。

 前世の彼女が男の体を持っていたから、というわけではなく、自分が触れてはいけない綺麗な存在だと思っていたからだ。


 女性を抱く、ということは、俺にとって仕事の一環だった。


 それ以下でもそれ以上でもない。

 そうしろと言われたからそうしただけで、それに対して特別に何かを思ったこともない。


 自ら望んで抱いたのはユスカが初めてで、そのユスカは仕事で俺に身を委ねていただけだったと気づいた時、初めて自分がしてきたことのけがらわしさを知った。自分の体が、どれほど穢れているのかを思い知った。


 だから、ユイに触れてはいけないと思った。


 俺から求めることはなかっただろうから、俺はずっと知らずに過ごしてしまったかもしれない。何も知らないまま、彼女を傷つけ続けたかもしれない。




 ◇ ◇ ◇




「何やってんだ、セス。早くしろよ!」


 そう叫ぶヨハンの声でビクリと体が震えた。

 動悸が激しく、息が苦しい。


 彼女の体に刻まれていた傷痕は、想像していた以上のものだった。

 今見えているのは処置に必要なほんの一部分。その一部分だけでも、相当数の傷跡がある。本来ならば腹部は無意識に腕で庇ったりするはずなので、まるで罰として甘んじて受けたかのようだ。


「おい、聞いてんのか!?」


「…………は、」


 紡ぐはずだった言葉は出ず、意味のない音が荒く吐き出された。


 体が震えている。

 早く彼女の傷を塞がなければならないのに、体が動かない。自分の体を支配している"何か"の正体が分からない。


 早くしなければ。


 早く。


 頭では分かっているのに。




 シア。この傷痕を俺が見るのは、俺の手によってお前が殺された時だけだ。

 お前が俺の目の前で彼女を殺し、その後に俺を殺すつもりであったのならば、俺はこの傷痕を目にすることなどないのだから。


 そうなった時のためだけにこんな華奢な少女の体を傷つけたというのなら、あんまりだ。


 俺への復讐のためだけにこんな惨い仕打ちをしたというのなら、あんまりだ。


 ユイがお前に何をした。


 生きるために必死で縋った彼女に、何の罪があった。


 あの時俺を仕留め損なったのはお前じゃないか。


 じゃあ俺はどうすればよかったんだ。


 あんまりだ。


 こんなのは……あんまりだ。


「う、あ、あああああああぁぁぁ――――っ!」

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