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第55話

「セス、シエルの腹に埋まってるリンフィーの結晶を今から取る。最後に傷口を治癒術で塞いでやってくれ」


 何も言えない私への助け舟か、ヨハンが私を一度だけ見て言った。


「それはもちろん構わないけど……今?」


 その言葉にセスが怪訝そうな表情を見せる。


 そりゃそうだろう。

 おはようと入ってきてすぐにそんなことを言われれば、誰だってそうなる。


「飯は食ってきたんだろ? 準備するから手伝えよ。シエル、お前は準備が終わるまでレクシーと家事やっといてくれ」


「あ、はい」


 ヨハンに言われるままに、私は診察室から出た。


 セスに何も言わないまま。


 セスの顔すら、見ることができなかった。




 ◇ ◇ ◇




「緊張してるの?」


「……うん」


 分かりやすく態度に出てしまっているのか、レクシーが聞いてきた。


 今私たちは食堂の隣にある倉庫で洗濯物を干している。セスとヨハンがいる診察室と離れているせいで2人の会話は全く聞こえない。

 レクシーには聞こえているはずなので聞いてみたい気もするが、怖くてそれもできなかった。


「大丈夫だよ。お互いがお互いを大切に想ってるんだから」


「……うん」


 レクシーが優しく笑って言ってくれたが、笑顔は返せなかった。


「あ、シエル、準備終わったって」


「えっ?」


「あたしの耳がいいからって、ヨハンたまにこうやって横着するんだよねー。言えば気づくと思ってる」


「あぁ……」


 診察室にいるままヨハンはレクシーに声をかけたということか。

 およそ普通では考えられない連絡方法だ。


「じゃあ、行ってくるね」


「行ってらっしゃい。また後でね」


 がんばって、とも言わずにレクシーは笑顔で私を見送った。


 もうこれ以上がんばらなくてもいいんだよ、と言われているかのようだ。

 そんなレクシーの気遣いに胸が熱くなった。


「来たな」


 診察室に入るなり、ヨハンが言った。


 マットが敷かれたベッドの側には、いかにもこれから手術を始めると言わんばかりの器具や薬と思わしき液体が物々しく並べられている。


 その近くに立っていたセスと目が合う。


 私は、逃げるように視線を逸らした。


「んじゃ、セス、この部屋から出といてくれ」


 その瞬間、冷たくも取れる言葉でヨハンがセスに告げた。

 2人の方に視線を戻すと、セスは怪訝そうな表情でヨハンを見て、


「……なんで?」


 と、明らかに不満と分かる声色でそう返した。


「今までこんな機会なかったからお前には教えてなかったけど、医術において身内切りは禁忌なんだよ。自分の身内に対して平静を保てるかって言ったら難しいのはお前にも分かんだろ? 終わったら呼ぶからレクシーの手伝いでもしとけ」


「…………」


 ヨハンの言葉に、セスは何も返さなかった。

 理解はできるが納得はできない。そんな顔をしている。


 身内切りはしない、というのは現代医学では一般的なことだと聞いたことがある。

 レクシーが施術中にセスに話をするつもりでいることはヨハンは知らないので、純粋にただそれだけの理由で言っているのだろう。


「ここにいるのもだめなのか?」


「身内切りって言葉の中には立ち合いも含まれてんだよ」


「……分かった。シエルのこと、頼む」


 渋々、と言った様子でセスが引き下がった。


「ああ」


 ヨハンがそれに頷いたのを確認すると、セスは私の方へと歩いてきた。


「……セス」


「シエル、大丈夫だ。眠ってる間に全部終わるから。心配しなくていい」


 私が結晶を取ることに対しての緊張や不安でぎこちないと思っているのだろう。セスが安心させるように優しく微笑んで言った。


 痛い。


 どうしようもなく、痛い。


「うん。ありがとう」


 痛くて思わず目を伏せた。


「大丈夫だよ」


 そんな私の頭を一度だけ撫でて、セスは診察室を出ていった。


「…………」


「準備はいいか?」


「……はい」


 目を覚ました時にもセスは同じように"大丈夫"と言ってくれるのかな。

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