第5話
思わず叫んだ声を聞いて、先を行くその人が振り返った。
少しの驚きが垣間見える、美しい顔をしたその人は――――女性だった。
「……え?」
でも、セスに似ている。
セスを女性にしたらこうなるだろうという感じだ。
まさか、まさかこの人は……。
「お前……?」
私の手を引く男の人が怪訝そうに問う。
「なに、その子?」
それと同時にセスに似た女性が歩いてきた。
近づいてくるにつれはっきりとしてくる顔は、見れば見るほどセスに似ている。
「この子供は……治験に回された子供です」
「ふぅん」
男の言葉に興味なさそうに呟いて、女性が私を覗き込む。
セスよりもだいぶ長い髪の毛が、私の顔をさらりと掠めた。
その人が、セスと同じ顔で――――同じ深い青の双眸で、私を静かに見下ろしている。
もしかしたらこの人は、セスが探し続けている双子のお姉さんだろうか。
容姿が似すぎていてそうとしか思えない。
だとしたらこんな偶然が……いや、確かミハイルは言っていた。
強い魂の絆はそう簡単に切れない、と。
セスと同一の魂を持つ彼女の元に引き寄せられたということも考えられる。
「この子供、私にちょうだい」
「えっ?」
不意に告げられた彼女の言葉に驚きの声を上げた男だが、私も同じ気持ちだ。
ちょうだいとは、どういうことなのか。
「カミューには私から言っておくから。もらっていくね」
男の言葉は待たず、彼女が私の手を引く。
そして建物から出て、どこか別の場所へと歩き始めた。
「あ、あの……」
「黙って」
おずおずと声をかけたら、ぴしゃりと言われた。
私の手を強く引いたまま、振り向きもしない。
たまにすれ違う軍服を着た人たちがこちらを怪訝そうに見つめて来ても、彼女は意に介すことはなくどこかに向かって歩いて行く。
この人がセスのお姉さんだとして、名前は……何だったか。そもそも聞いたことがなかったかもしれない。
そんなことを考えながら大人しくついていくと、彼女は先ほどの建物とは幾分離れた場所にある無機質な建物に入った。
外観は他の建物とあまり相違ない。しかしながら食堂があったり、ガラス張りではない部屋が多数あったりと、まるで宿舎のような造りだった。
2階へ上がり、その内の一室に入ってから、彼女はようやく私の手を離した。
「で、お前は何者なの?」
私を冷たく見下ろして彼女が言った。
色を映さないその感じが本当にセスとよく似ている。
しかしながらずいぶんと抽象的な質問だ。
彼女としてもそういう聞き方をするしかないのだろうが、どう答えればいいのか悩む。
「…………」
「ここで生まれ育っただけの子供じゃないよね。お前さっき、私を何て呼んだ?」
何も答えない私に、今度は具体的に問うた。
「……セス、と呼びました」
正直に答える。
そうするしかないと思った。
「……その名の人物に、会ったことがあるの?」
明らかに私を警戒した質問。
でもこの人がセスを知っているということはこれでほぼ確定だろう。
やはりこの人はセスの双子のお姉さんのようだ。
ならば、全てを話してみようか。
どっちにしろ自分の命運はこの人に握られている。
殺される以上のことにはならない。
「あります」
「どこで? その名の人物がここにいるとは思えないし、お前がここから出たことがあるとも思えないのだけど」
「……前世で」
「前世?」
私の答えにその人は怪訝そうな表情を見せた。
それもそうだろう。前世の記憶を持って転生した者は全て異世界から来ていると言われているのだから。
セスがいるのはこの世界だ。この世界の人間が前世の記憶を持って転生するという話は聞いたことがない。
「前世の記憶があるんです。私はその時にセスと出会いました。貴女はセスの双子のお姉さんですよね。セスから貴女の話を聞いたことがあります」
一気にそう捲し立てると、彼女の表情が変わった。
驚きと、不安が入り混じったような複雑な表情で私を見下ろしている。