第51話 Side-セス
「もう少し考えてもいい?」
どうやら今この場で結論を出すことはできなかったようだ。
ユイは再び長い沈黙を経てから最終的にそう切り出した。
「いいよ。でも人前で神術を使う時は気を付けて。あぁ、そうだ……これを返しておくよ」
そう言いながら俺は鞄から以前の彼女が使っていた触媒の腕輪を取り出して、テーブルの上に置いた。
「これは……セスがずっと持っててくれたの?」
彼女は驚きを隠すこともなくそれを手に取って、腕に嵌めた。
今の彼女には幾分大きいようで、腕を下ろしたらするりと抜け落ちてしまいそうだ。
「うん。でもごめん。見ると辛くなるからほとんど鞄からは出してなかったんだけど」
「いいんだ。セスが持っていてくれたら嬉しいと思ってたから。ありがとう」
そう語る彼女の瞳から涙が零れ落ちた。
「…………」
その涙の意味が、俺にはよく分からなかった。
これを俺が持っていたことがそんなにも嬉しいのだろうか。泣く程?
「……ユイ、」
だとしても泣かれるのは心に来るものがある。月並みな言葉でもとりあえず慰めようと名を呼んだところで、料理が運ばれてきた。
彼女も慌てて涙を拭っているので、その後の言葉は続けられなかった。
「私のことは、ヨハンさんから全部聞いたの?」
料理を並べ終えて店員が立ち去ってすぐ、ユイが口を開いた。
「……うん。君がヨハンに話したことは全部聞いたと思う。君がエスタに来てからのことも、おそらく全部」
「……そっか。ねぇ、セス。私、セスにまた会えて嬉しかったよ。セスがすべてを知った上で助けに来てくれて、そして私を受け入れてくれて嬉しかった。ありがとう。今度こそ、ずっと一緒にいたい」
そう言いながら彼女はまた泣いた。
笑ってほしかった。
笑ってそれを、言ってほしかった。
「俺も、君が俺に会うために辛い生活を耐えて、俺の元に来てくれて嬉しかった。ありがとう、ユイ。辛い思いをさせて本当にごめん。これから先は、俺が守るから」
そう返す俺の顔を、彼女は見なかった。
俯いて、溢れる涙を両手で拭っている。
そんなに泣くのなら場所を移さない方がよかったか。
そういえば前世の彼女も、よく泣いていたな。
◇ ◇ ◇
結局、それからろくに話をしないまま、俺たちは食事をして店を出た。
話をしようなんて言ってはみたものの、俺も彼女もただお互いがお互いを必要としていることを再確認できればそれでよかったのかもしれない。そもそも、話をしたければいつだってできるのだ。焦る必要などない。
「今日はこのままヨハンの所に帰ってもらっていいかな。明日俺もそっちに行くから、その時に今後のことを決めよう」
「何で明日? 今日じゃだめなの?」
歩きながら告げた言葉に彼女はそう返して、立ち止まった。
振り返った先の彼女は、不安そうな顔でこちらを見つめている。
そんなに不安に思わせてしまうことだっただろうか。
明日行くと言っておきながら、来ないのではとでも思っているのだろうか。
「髪を切ろうと思って」
「え? 髪?」
しかしながらまったくそんな気はないので素直に理由を話すと、彼女はきょとんとした顔でそう聞き返した。
「シアとずいぶん似た髪型になってたから。見て気分のいいものでもないだろうし、短くしようかなって」
「あ、じゃあ、前と同じがいいな。肩より少し、長いくらいで」
俺の言葉に彼女は少しはにかんで答えた。
わずかながらにも初めて見せた笑みに、俺の心臓は大きな音を立てた。
「分かった。でもとりあえずヨハンの所まで送るよ」
それを悟られないように取り繕ってそう言うと、彼女は小さく首を振った。
「1人で帰れるから大丈夫。明日、待ってるね」
そう言って俺の返事も待たずに、彼女は走って行ってしまった。
――――その彼女を追いかけることも、声をかけることもできなかった。
「う、く……っ」
突然、頭が割れるように痛んだ。
咄嗟にすぐ側の路地に入り、膝をついて蹲る。
治癒術を、と思うのだが強い痛みに阻まれてできない。
「……う、……っ」
痛い。
――――痛い。内側から割られているような痛みだ。
「は……はぁ……っ」
しばらくすると、少し痛みが治まってきた。
治癒術をかけるとじわりと痛みが和らぎ、意識が飛びそうになる。
俺はそれを必死に繋ぎ止めながら、何とか立ち上がった。
二度目だ。
先日、ユイとシアを見つけた直後にもこんな風に頭が痛んだ。
一体これは何なんだ。




