第50話 Side-セス
「できれば、神術を捨ててほしい。ヒューマが無詠唱で、しかも触媒もなしに術を扱えるなんて聞いたことがない。それが他者に知れたらどうなるか分からないし、万が一神に知れたらまた自死を強いられることになる。もうそんなのは充分だろう? 君がこれから先、詠唱を欠かさずやるというのなら使ってもいいかもしれないけど、確実にそれができるとも限らない。だから捨ててほしいんだ」
「…………」
驚くユイをよそに一気に捲し立てると、彼女はすぐに言葉の意味を理解したのだろう。再び俺から視線を外して何かを考え始めた。
「捨てるってどうやって? 封力の首輪を着けるとか?」
そしてしばらくの沈黙の後に、真っ先に疑問に感じたのであろうことを口にした。
「そうすると気も使えなくなるから、単純に使わないでほしいってだけだよ。今後、一切の神術を使わないでほしい。君の神力量は剣士にしては不自然だけど、剣を捨てるよりはその方がリスクが少ないと思うんだ」
「…………」
また静寂が訪れた。
彼女は、前世に比べてだいぶ口数が減ったように思う。
必要最低限の会話しかしないというか、以前だったらすぐに何か言葉を返してきただろうことも、こうして一度頭の中で整理してから口に出すようになった。
これは、奴隷に多く見られる特徴だ。
余計なことを口にすれば虐待を受けるから、頭の中でよく整理してから言葉を発する。今の彼女にはそれが染みついているように思えた。
こうした変化を見るたびに、俺の胸は激しく痛む。
まるで別人のようだ。
それでももちろん目の前の少女がユイであることに間違いはないし、俺が彼女を愛していることにも変わりない。だからこそ、痛い。壊れてしまった彼女を見ているのは、どうしようもなく痛くて、辛い。
俺が痛くて辛いだなんてふざけるなと思われるかもしれない。実際、痛くて辛い思いをしてきたのはユイなのだ。
でも、彼女は気づいていない。自分が壊れているということに。
そんな彼女を見ていて、俺が平気でいられるわけがない。
大切な人が傷つくのは耐えられない。ヨハンが言っていた言葉はまさにその通りだ。
「でも神術は便利だよ。使えなくなったらお風呂とかにも困るし……」
「…………え?」
長い沈黙を経て告げられた言葉に、ひどく拍子抜けした。感傷に浸っていた思考を無理やり引きずり出されて上手く頭が回らない。
これだけ長い時間考えて出てきた言葉がそれなのか。不思議すぎる。
「いや、うん。まぁ、君の言うことは分かるんだけど、そんなことはどうとでもなるというか」
「えぇ……? じゃあ街から街への移動の時はどうするの? 今後一切使わないんでしょ? 道中で湯浴びできないなんて嫌だな……」
「…………」
なら水を沸かしてから使えばいいだけの話で、という言葉を俺は何とか飲み込んだ。
俺が知らないだけで、彼女には何か湯浴びに対する物凄いこだわりがあるのだろうか? そもそも今後のことなど何も話し合っていないというのに、なぜ旅をするのが前提になっているのか。分からない。分からなすぎて何と返せばいいのか分からない。
「じゃあ神術を使う時には必ず触媒を身に着けて詠唱するようにしてくれれば、剣を捨ててもいいよ。放気とか纏気を使わないように気を付けてくれさえすれば」
「……うーん……」
何とか気を立て直して捻り出した言葉に、彼女は再び考え込んだ。
何だろう。この気持ちは何だろう。
分からない。彼女の発想が斜め上過ぎて分からない。今後どちらかを永久的に使わないという話をしているのだから、風呂の心配より他にもっと気にすることがあると思うのだが。
不思議だ。以前もこうやって事あるごとに頭を悩ませていたのを思い出す。
懐かしい。
やはりユイはユイなのだな。




