第44話
さらに言葉を失った。
戻した視線の先にいたセスが、あまりにも泣き出しそうな顔をしているから。あまりにも辛そうな顔をしているから。
それはまるで、私が来るか来ないか確証を得られずに、不安の中で待ち続けていたのだと語っているかのようだった。
まさかそんな表情で迎え入れられるとは思っておらず、私の心は抉り取られたように痛んだ。
「入って」
悲しそうに笑って、セスが中に入るように促す。
私は何も言えずにただ彼の後をついていき、勧められるままに奥の椅子に腰掛けた。
セスは向かいには座らず、飲み物を用意している。
沈黙が痛い。
いや、この場合、口を開くべきなのはどう考えても私だ。
あのような状況の後に初めて会ったのだ。いくらなんでも言わなければならないことがあるだろう。
そう、ある。あるのだ。あるのに言葉がつかえたように出てこない。
「どうぞ」
戻ってきたセスが私の前にグラスを置き、向かいに座った。
「ありがとう」
お礼を言って口をつけると飲み慣れた優しい味がした。
これはジシ茶だ。
「ごめんね、こんなに遠くまで来てもらって」
同様にセスもジシ茶を口にしてからそう言った。
「どうしてこんなところに?」
「……これだけ離れていれば、君の意思でしか来れないから」
私の質問に少しの沈黙を置いてから、セスは視線を外して答えた。
どういう意味だろう。
近いとそれは私の意思ではないということ? どこにいたって私は私の意思でセスに会いに行ったのに。
「ヨハンからメモを受け取った時と、今の君の心境は違うだろう? 時間がかかった分、冷静になったはずだ。冷静になってなお俺の元に来てくれるのか否か、それが俺にとっては重要だった」
私の疑問を察したのか、セスが続けた。
正直冷静になるどころか、逆に不安になったわけなんだけど、それを今言葉にするのはやめておこう。
「どこにいたって私がセスに会いに行くことには変わらないよ。本当はあの時戻ってきて謝りたかったんだ。ごめんなさい、刺してしまって……」
「…………いや――」
頭を下げた私の上から、ただ一言降り注いだ。
しばらく待ってもそれ以降の言葉が続かなかったので頭を上げると、彼は切なげな表情で私を見つめていた。
「何から言えばいいんだろうね。伝えたいことはたくさんあるし、聞きたいこともたくさんあるんだけど、うまく言葉にならないんだ」
そしてまた泣きそうな表情を見せてそう言った。
彼は何を伝えたいのだろう。何を聞きたいのだろう。
教えてほしい。全部。
「一緒だね。私もだよ。言葉にならない。でも、助けに来てくれてありがとう。助けてくれて……本当にありがとう」
「それは、君が眠った後のことをヨハンから聞いた上でそう言ってるの? それとも知らずしてそう言ってるの?」
「…………」
泣きそうな表情のまま告げられた言葉に、私はすぐに返事を返せなかった。
そういう言葉が出てくるということは、私の推測はやはり間違っていないということだろう。
「ヨハンさんからは何も聞いてない。けど、何があったとしても2人に助けられた事実は変わらないから」
「……教えようか?」
悲しく笑ってセスが問う。
まるで、それを聞いて俺を嫌いになってくれと言われているようだ。
なら私は、それを聞いた上で彼に答えを出さなければならない。
眠っていた。知らなかった。聞きたくない。それで逃げてはいけない。
「……じゃあ、教えて」
「…………殺したよ。何度も何度も穿って殺した。ルーチェのことは……苦しませないように殺したけど」
「…………」
そうであろうと思っていたからか、そこまでのショックはない。予想が確信に変わっただけだ。
「予想はしてたし、あの時そうするんじゃないかって思いもあった。だから……私はセスを止めたかった。セスがそうしてしまったら、私の知らないセスになってしまうんじゃないかって怖くて」
セスがシアみたいになってしまったら生きていけない。その言葉は口に出せなかった。
――臆病者。卑怯者。
「……君の知らない俺」
スッと真剣な表情になって、セスが呟く。
あぁ、遠い。セスが遠いところにいる。
でも目を逸らすな。
見失うな。




