第4話
「アイゼン、お前はいつもそうやって無茶をする。俺のことも考えてくれ。ここは魔力濃度が高いから辛いんだ」
「ごめん、ヴィンス……」
薄暗い洞窟のような場所で、アイゼンが誰かと話している。
そんな、夢を見た。
不思議と夢の中のアイゼンは最後に見た時よりも幾分か大人びていて、落ち着いた印象を受ける。短かった髪は背の中ごろまで伸びており、後ろで一本に縛られていた。まるでパーシヴァルみたいな髪型だ、と何だか懐かしい気持ちになる。
今、ルーク歴何年なんだろう。
3班のみんなは、ヒューイたちは、ヨハンたちは、セスは……みんな、どうなっているんだろう。
会いたいな。
◇ ◇ ◇
3歳になってから数か月。この日、私の運命は変わった。
目の前の人間が苦痛に叫んでいる。
手足を拘束され、その身に幾重も傷を与えられて。
追い打ちをかけるかのように、幼い子供が笑いながら短剣を突き刺している。
「ほら、できるでしょ?」
私と同じ目線に屈んだ女性が言う。
こんな残虐な行為を残虐とも感じないように育てられた子供たちの中で、唯一それを拒否した私を諭している。
もう無理だった。
子供には重すぎるほどのしっかりとした短剣を握らされ、それをあの人間に突き刺せと言われている。
私には無理だ。
私には、この中で生きていくのは無理だった。
それをやったところで、一生この国から出ることは叶わないだろう。
せっかく記憶を保持したまま再びこの世界に転生できたのに、今度こそ女として生まれることができたのに、セスを探しに行くこともできない。
このおかしな国で、生涯殺人人形として生きていく。
それならもう、生きている意味などなかった。
「もういい。治験に回せ」
いつまでもその場から動かない私に、軍服を着た男の人が言った。
「待ってください! ねぇ、B125-381番ちゃん、できるでしょ? いつもお人形さんにやっているみたいに。さぁ、やってごらんなさい。大丈夫、貴女はできるわ」
私の前にいる女性が焦ったように言う。
この人は0歳の頃からずっと私たちを育ててきた女性の1人だ。一応、親心みたいなものもあるらしい。私をその"治験"とやらに回させないよう、必死になっている。
まぁ、その単語はどう聞いてもいいものではないだろうからな。素直に死ぬことすら叶わなそうではある。
それでも、ここで殺人人形となるよりは早く死ねそうだ。
こんな国さっさとおさらばして転生したい。
もしかしたらまた記憶を持ったまま生まれ変われるかもしれないし。
「時間の無駄だ! おい、こいつを連れて行け!」
「……っ!」
軍服を着た男の人が私の腕を掴み、強く引く。
握っていた短剣はいとも簡単に取り上げられてしまった。
「お願いです、待ってください!」
縋るように懇願する女性を気にも留めず、その男の人は私を配下の男に引き渡した。
「待ってください!!」
女性の悲痛な叫び声が耳に響いた。
◇ ◇ ◇
呻き声が聞こえる。悲鳴も聞こえる。
ここは今までに立ち入ったことのない建物だ。
しかしながら無機質な感じなのは変わらない。
ガラス張りの部屋の前を通るたび、ベッドに拘束されてもがいている人が目に入る。
白衣を着た男が数人、そんな彼らの傍で何かを観察しているようだった。
人体実験。
そんな言葉がぴったりな光景だ。
なるほど、私もこうなるのか。
ずいぶんと苦しみそうだ。いっそ短剣を握っていた時に自害してみればよかったか。
いや、でもこの魂はセスに救われたのだ。それを自ら滅することはできない。
祈ろう。
早く死ねることを。
そしてまた記憶を持って転生できることを。
そう考えながら男に連れられるまま歩いていたら、不意に少し先の部屋から人が出てきた。
水を集めたような綺麗な水色の髪をした人。
すぐに背を向け、自分たちと同じ進行方向へと歩いて行ってしまったが、一瞬だけ見えた顔は心から愛してやまない人のそれとよく似ていた。
心臓が跳ねる。
あれは。
あの人は。
「セス!!」
まさかこんなところにいるはずもない人の名を、私は咄嗟に叫んだ。