第43話
シアは死んだ。ルーチェも死んだ。
ヨハンが語ったその言葉の裏に何があったのか、私は聞いてはいけないのだろう。聞いたところでどうせヨハンもセスも語らないだろうし、そもそも聞かなくても分かる。
セスはシアを残虐に殺してしまったのだろう。苦しませて苦しませて、命を終わらせたのだろう。
"楽に死ねると思うなよ"
セスの言葉が反響する。
私はセスにシアを殺させたくなかったわけじゃない。私だってシアが憎いし、和解などあり得ないことも分かっていた。
ただ、痛めつけて殺してほしくなかったのだ。
綺麗ごとだと言われてもいい。自分勝手だと言われてもいい。実際、その通りなのだから。
そんな残虐な行いをセスにさせてしまったらシアと一緒になってしまうような気がして、どうにかなりそうだったのだ。
シアのようになってしまったセスを私は見たくない。
セスがそうなったら、私は生きる意味を失ってしまう。
だから止めたかった。止めた後にどうするのかなんて考えてなかった。衝動的だったから。
私は所詮、そんな自分勝手な生き物だ。
セスが書いたメモに目を通す。
この世界でも地名はそこかしこに立っている看板を見ればすぐに分かる。しかしながら、セスが書いたメモに載っている地名はヨハンの診療所付近で生活をしていた私には見覚えがないものだった。
ギルドで地図を買えば分かるのだろうが、それも面倒な気がして道行く人に尋ねると、予想以上にそこは遠い場所に存在していた。
ここからは歩いて1時間くらい。その人は、私にそう教えてくれた。
ヨハンの診療所がある路地の近くにも当然宿はある。
それなのにあえてそんな遠くの場所を指定しているなんて、まるでその1時間で来るか来ないかをよく考えろと言われているようだ。
セスは一体どういう気持ちで私を待っているのだろうか。
これから先の私たちの関係性は、どうなるのだろうか。
怖い。
行ってしまったらもう引き返せない。
しかし行かなければ取り返しのつかないことになる。
だから、私に行かないという選択肢はない。
でも怖い。
会いたいけど、会うのが怖い。
「はぁ……」
思わずため息が出る。
近くにいてくれれば悶々とした気持ちを抱える時間も少なくて済んだのに、という自分勝手な考えが頭に浮かぶ。
とりあえず宿に一度戻って、自分の荷物を取ってきてから向かおう。
もしセスに会って"遠いよ"、と文句を言ったら彼はどんな顔をするのだろう。
困ったように笑って"ごめん"、と言うのだろうか。
◇ ◇ ◇
歩いて1時間、というのはこの街に慣れている人間の話であって、大して知りもしない人間には決してたどり着けない時間だった。
何度も迷ってその度に道を聞いて、着いたころには2時間が経過しようとしていた。
そこは、普通の宿だった。
そう、普通の宿。どこにでもある宿。ヨハンの診療所の周りにもあるような宿。あえてここを選んだ理由が心底分からないような宿。
セスは私を試しているのだろうか。
こんなに遠いと知ったら私が引き返すかもしれないと、思っているのだろうか。
それとも逆に、来るなと言っているのだろうか。
こんなに遠い場所にいるのだから会いたくないと察しろと、言いたいのだろうか。
いや、でもこのメモはセスが私に書いてくれたものだ。
待ってはいてくれるはず。
私が行っても、いいはずだ。
私は情けなくも少し震える足を奮い立たせて宿へと入り、記載されている部屋の前まで行き、同じように少し震える手で扉を叩いた。
しばらくの沈黙の後、静かに扉が開いてセスが顔を覗かせる。
少しの不安が見え隠れする顔で。
昔と変わらない顔で。
「…………あ、……」
それでも言葉が出ずに視線を逸らしてしまった私に、
「来てくれたんだね」
セスは泣きそうな声で、そう言った。




