第41話
「シエル!!」
ヨハンの叫ぶ声が聞こえた。
それには応えずセスの元に走る。
予想とは反して、セスは向かってくる私を制止することはなく、ただ静かに私を待ち構えていた。
「お願い、やめて……!」
縋るように抱きついて、セスに懇願する。
セスを見上げてみると、彼は憐れむような表情で私を見下ろしていた。
「……君のためにやるというわけじゃない。これは俺が、俺のためにやっている。危ないから離れて。見たくないなら見なくていいから」
セスの声が静かに降り注いだ。
――――ああ。
前にもそんなことを言われたな。
でも私だって同じだ。
私だって私のために、こうしている。
「……いやだ……いやだ! やらせたくない……!」
全体重をかけて、シアから引き離すためにセスの体を押した。
「……シエル……っ」
セスの体がよろめいて、シアの腕に刺さっている長剣から手が離れるのと同時に、肩口に乗せられていた足が地面へと下ろされる。
それを見て密かに安堵した瞬間、強い力で突き飛ばされた。
「……っ!?」
予想外のことに対処が遅れ、派手に地面を転がる。
急いで上体を起こして見ると、セスがシアの上に馬乗りになって、その胸に短剣を突き刺していた。
「え……?」
何が。
今の一瞬の間に何があったのか。
状況が分からない。
「油断も隙もあったもんじゃないな、シア。それとも、こうすれば楽に死ねると思ったのか?」
「ぐ、ぅ……っ」
「せめてもう少しだけ、苦しんでもらおうかな」
「ぅああぁぁっ!」
セスがシアの胸から短剣を引き抜き、振りかぶった。
だめだ。
だめだ。やらせてしまったら、どこか遠くへ行ってしまいそうな気がする。
手の届かない場所に、行ってしまいそうな気がする。
「やめてええぇぇっ!!!」
私の叫び声とも言える制止に、セスは振り下ろした短剣を空中でピタリと止めて私に視線を向けた。
「……大切な人を傷つけられて、俺が平気だと思うのか!!」
そして泣き出しそうなほど切ない表情と声で、叫ぶ。
「……っ」
その叫びは、胸を刺し貫かれたと思うほどの痛みを伴って私に届いた。
痛くて、苦しくて、切なくて、辛かった。
「セ、ス……」
視界が滲んだ。滲んで、セスの姿が見えなくなった。
「君が受けて来た仕打ちを聞いて……俺が許せるとでも思っているのか……っ!」
泣いているのだろうか。
耳に届くセスの声が震えている。
「そうだよなぁ……許せねぇよなぁ……。大切な人が傷ついたら耐えられねぇのは誰だって同じだ」
不意に背後からヨハンの声が聞こえた。
「……っ!?」
と、同時に首にチクリとした痛みを感じて、私は咄嗟にそれを払うようにして振り返り、滲んだ視界を拭った。
「…………」
神妙な顔で、ヨハンが注射器を手に私を見下ろしている。
「な、に……を……?」
そう呟いた瞬間、強烈な眠気が襲ってきた。
「う、ぁ……ヨハン、さん……っ」
グラリと視界が揺れる。
体の力が抜けていく。
眠い。
どうしようもなく眠い。
ヨハン、どうして。どうして。
「何も見るな。もう眠れ」
「ぁ……いや、だ……いやだ……いかないで……」
セスの方に何とか顔を向けると、彼は悲しそうな、憐れむような目で私を見つめていた。
「いかないで……セス……」
瞼が、重い。
重くて、目を開けていられない。
ああ……眠い。
◇ ◇ ◇
突き飛ばされたあの時、自由になったシアの手が私の足を掴もうとしていたことを後から聞いた。
だからセスは咄嗟に私を突き飛ばして、シアの胸に剣を突き立てたのだと。
そうやってまた、守られたのだと。
結局、自分のしたことは何だったのだろうか。
あの時どうするのが正しかったのか。
分からない。
分からないけど、私はどうしようもなく無力だった。




