第40話
「お、お願い……やめて……」
ヨロヨロとした足取りで、ルーチェが数歩2人に近づいた。
「来るな」
「うっ……!」
セスの冷徹な一言と共に、ルーチェが胸を押さえて蹲った。
覇気を使ったのだろう。蹲る彼女はひどく苦しげだ。
「やめろ……ルーチェを傷つけるな……!」
その様子を察してシアが言う。
痛みからか、彼女の声もまた苦しげだった。
「どの口が言っているんだ」
「ぐ、あ……っ」
セスが冷酷な口調のまま、冷たい表情のままシアの腕に刺さっている剣を押し込んだ。
痛みがこちらにも伝わってくるようで、胸が苦しくなる。
「シエルを散々痛めつけておいて、俺にはルーチェを傷つけるなって? ずいぶんと都合がいいじゃないか、姉さん。今すぐ貴女の目の前でルーチェを痛めつけてもいいんだぞ」
顔を歪めてセスが言う。
怒りと、憎しみと、苦しみが入り混じったような低い声だった。
今までに聞いたこともないようなその低い声は、私を恐怖で震撼させた。
「先に傷つけたのは……お前じゃないか……っ! お前がシャルロットを傷つけたんじゃないか!」
「……なら、どうしろと? 3人で逃げればよかったのか? そうして一生、追われ続ければよかったと?」
絞り出すように叫んだシアの言葉に再び表情を消して、セスが冷たく言い放った。
「シャルロットは私たちの家族も同然だったはずだ……。何があっても私たちはあの子を守らなきゃいけなかった……」
「……家族? ははっ……家族ねぇ……」
「うあぁ……っ!」
セスが自嘲気味に笑って握った剣を埋め込んでいく。
その残忍さに耐えられず一歩踏み出したところで、ヨハンが私の腕を掴んで引き留めた。
「ヨハンさん……」
振り返った先のヨハンは行くな、と目で訴えていた。
ヨハンにはこれが耐えられるのだろうか。セスにこんな非道な真似をさせてもいいと思っているのだろうか。
「ふざけるなよ、シア!」
突然、倉庫内に響き渡るほどの声量でセスが叫んだ。
驚き目を向ければ、セスは憎悪に満ちた顔でシアを睨み、見下ろしていた。
「汚いことは全部俺にやらせてきたくせに家族だなんて笑わせるな! お前が父や母に愛されてのうのうと生きている間、俺は1人で人を殺し続けてきたんだ! その俺に家族を守れだって? 家族の在り方さえ知らないのに!」
それは、あまりにも悲痛な叫びだった。
胸を抉り取られるような、体を切り刻まれるかのような、そんな叫びだった。
「俺に家族がいたとするならば、確かにシャルロットはそうだったかもしれない。でもね、シャルロットにとって俺は家族じゃなかった。彼女が求めていたのは家族としての俺じゃなくて、男としての俺だったんだ。だから殺した。彼女の最期の願いを叶えてあげることが、俺にできる唯一のことだったから。それ以外に、彼女を救う方法なんて知らなかった」
先ほどの慟哭が嘘のように、セスは静かに語る。
その言葉の衝撃の大きさに、セス以外の全員が目を見開いて彼を見つめていた。
刻が止まってしまったと思わせるほどに、ただ静寂だけがそこにはあった。
「……お前、シャルロットを抱いたの……?」
それを打ち破るようにシアが弱々しく口を開いた。
認めたくない思いが滲み出ているような聞き方だった。
「……だったら?」
冷たくシアを見下ろして、セスが聞く。
その言葉は肯定に他ならず、私の胸の奥底がズキリと痛んだ。
「許さない……お前を許さない……! あの子を穢しやがって……!」
「はは、許さない、だって? 許さないのは俺の方だよ、シア。楽に死ねると思うなよ」
憎悪に満ちたシアの言葉に同じく憎悪に満ちた言葉でそう返して、セスはコートの内側から短剣を抜く。
「あ……やめ……やめて――――!!」
その瞬間、私は弾かれたようにヨハンの腕を振りほどいて走り出した。




