第39話
「……あの時、お前をちゃんと殺しておけばよかった」
セスの剣幕に怖気づいているルーチェの脇をするりと通り抜けて、シアが身も凍るほどの殺気を放ちながらセスへと近づいた。
「…………」
セスは言葉を返さない。別段表情も変えない。
まるで言葉など不要だと言わんばかりの様相に、シアもそれ以上を言わずにゆっくりと歩を進めていく。
ルーチェはもう2人を止めなかった。いや、きっと止められないと悟ったのだろう。泣き出しそうな表情で、2人を見つめている。
私もヨハンも同様だ。ぶつかり合う2人の殺気が痛いほど肌に突き刺さって、その場から動くことなどできなかった。
ゆっくりとセスに近づいていたシアが、強く地面を蹴った。
それと同時にセスが剣を構える。
風のようだ、と思った。
風が薙いだようにシアは一瞬でセスに近づいて、風が薙いだように音もなく剣を振る。
それをセスもまた、風が薙いだように受け流す。
そうやって幾度となく繰り返されるそれは、演舞を見ているのかと錯覚するほどに美しい。
美しいのに、怖い。
あまりにも静かすぎて。
いや、剣と剣がぶつかり合う音はする。だけど言葉を紡ぐでもなく、息を乱すでもなく繰り広げられる舞のような殺し合いは、目と耳を塞ぎたくなるほど怖かった。
「大丈夫か?」
不意に背後から告げられた言葉に、私は弾かれたように振り返った。
「怖かったら眠らせてやる。無理すんな」
ヨハンが真剣な表情でそう言いながら私の腕を掴んだ。
「……え……?」
その言葉の意味を、私は理解できなかった。
「すげぇ震えてるぞ、お前」
「あ……」
隠しきれない震えをそれ以上ヨハンに伝えないようにと慌てて手を引こうとするも、予想以上に強い力で掴まれていてそれは叶わなかった。
「眠らせてやる。お前は……無理して見てなくてもいいんだ」
私の腕を掴んだまま、ヨハンが真剣な表情で言う。
ヨハンの言葉が意味するところとは、すなわちどちらかが死ぬところなど見たくはないだろう、ということだろう。
この戦いはそういう結末を以てしか終わらない。それは私にも分かる。それを見たいかと言われたら見たくはないのも事実だ。
でも。
「ありがとうございます。でも逃げてはいけないんです。私が見届けなければ……だめなんです」
「…………」
私の言葉に何も返さず、ヨハンはそっと手を離した。
納得はしていないが理解はした、そう言っているような複雑な表情だった。
ヨハンがそうやって気遣ってくれたことは素直に嬉しい。話をしたことで自分の気持ちも体の震えも幾分落ち着いた。案外、そうするためにあえてあのような言葉をかけてくれたのかもしれない。
「お前……遊んでるのか!」
唸るようなシアの声に視線を戻すと、上段から振り下ろしたシアの剣をセスが受け止めたところだった。一際大きく金属同士がぶつかり合う音が廃倉庫内に響く。
「…………」
セスは相変わらず言葉を返さない。
鍔迫り合いをする2人は対極的で、切羽詰まったような表情のシアに対し、セスの表情は涼しげで余裕が見てとれる。遊ばれている、とシアが感じるのも不思議ではないように思えた。
シアが剣を弾くようにして後方に下がった。
それを追うようにセスがグッと距離を詰め、今までとは違う、力強い動作で横殴りに剣を振る。
それを何とか受け止めたシアだったが、間髪入れずに繰り返される力任せとも言える攻撃に耐えきれず、フッと体を深く落としてそれを避けた。
「ぐ……う……っ!」
その瞬間、セスがシアの頭を左横から強く蹴りつけ、シアの体は地面へと叩き付けられる。
セスはそのままシアの左肩口を踏みつけ仰向けに寝かした後、持っていた剣をシアの右腕に突き刺して地面へと縫い止めた。
「ぅ、あああああぁぁっ!」
ダンッ! と音がして、その一撃に容赦がなかったことを思い知らされる。
「……っ」
思わず、顔を背けてしまった。
そうしたことによって視界に入ったヨハンもまた、痛みを耐えるかのような表情をしている。
「……俺に勝てるとでも思ってるのか」
セスから紡がれたその言葉はひどく冷たかった。
表情を見ると、同じように冷え冷えとした目でシアを見下ろしている。
それはシアが私を痛め付けていた時と同じ、冷たい目だった。




