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第38話

 気づいたら、ヨハンが私を覗き込んでいた。


 痛みにさいなまれていたはずの体はどこも痛まず、しかしながら自分がいる場所は変わっていない。直前までの記憶との相違があまりに大きくて状況を理解できないでいると、ヨハンはセスと共に私を助けに来たのだと言う。

 その言葉で体を起こしてみると、セスがルーチェを人質に取ってシアと対峙していた。


 なぜこんな状況になっているのか分からない。

 けれど私を見つめるセスの表情があまりに苦しげで、どうしようもなく泣きたくなった。


「セ、ス……」


 思わず名を呼ぶとセスは私に謝罪の言葉を口にして、ルーチェを解放した。


 私が誰だか認識している上で、逃げるように私から視線を逸らして。


 その様子に胸が痛いほど締め付けられたが、セスを拒絶したのは私だ。セスにその顔をさせているのは、他ならぬ私だ。だから私は目を逸らしてはいけない。


「ルーチェ!」


 解放されたルーチェがシアの元へと歩いていく。

 そもそも、なぜセスがルーチェを人質に取るという状況に至っているのだろうか。


 それに私にまとわりつくリンフィー。この子は一体どこから出てきたのか。


「なにが、どうなって……」


「立てるか? 傷は癒えてると思うから痛みはねぇと思うが」


 ヨハンがそう言って手を差し出してきた。ヨハンの側には医療道具が入った鞄がある。私を治療してくれたということは間違いないだろうが、あれだけあった痛みが消え去っているということはルーチェの血液を使ったのだろうか。


「あ、はい……」


 そんなことを考えながらヨハンの手を握ると思いの外強い力で引かれ、そのまま3人から距離を離される。


「リンフィー……。結晶が私に埋め込まれているんですね」


「……ああ」


 私にぴったりとくっついてくるリンフィーを見下ろして言うと、ヨハンが苦い顔で頷いた。


「なるほど、だからシアは私の居場所が分かったのか……」


 いつの間に私の体に結晶を埋め込んだのだろう。エルナーンの軍事施設の医術師。きっとあの人間がシアの指示の元でやったのだろうが、滑稽すぎて笑みすら浮かびそうになる。シアが執拗に私に傷をつけていたのはそれを隠すためだったのだろうか。


 リンフィーの首輪に繋がっていた紐を、近くの木材に結びつけた。

 可愛らしい顔をしているとは言え、これ以上付き纏われたら怒りで危害を加えてしまうかもしれない。


「……じゃあ、始めようか。姉さん」


 不意に聞こえたセスの声で思考が遮られる。

 セスの方に目をやれば、その表情には炎のような怒りが見てとれた。

 だというのに先ほど発した声は氷のように冷え冷えとしていて、熱くも冷たくもあるアンバランスな殺気に私の体は恐怖ですくみ上がった。ヨハンも同様なのだろうか、小さく息を呑むような声が聞こえた。


「…………」


 シアが無言でルーチェを遠くに追いやり、腰から剣を抜いた。

 同じように、震え上がるほどの殺気を放って。


 何を始めようというのかは、見て分かる。




 確実なる"殺し合い"だ。




「あ……ま、待って!」


 ルーチェが慌てたようにシアの前に立ち両手を広げた。セスからシアを守るかのように。


「ルーチェ! どいてて」


「だめ……だめ、待って、やめて……!」


 腕を引いて離そうとするシアに抵抗しながら、ルーチェが必死に訴える。セスはそれを、先ほどと全く同じ表情でただ静かに見つめていた。


「お願い、争わないで!」


「悪いけど無理な相談だ」


 ルーチェの叫びにセスが静かにそう返した。


「何を言われようと許すつもりはない。俺は姉さんのようにいたずらに人を痛めつける趣味は持ち合わせていないが、今日は初めてそうしたいと思っているくらいには怒りを感じている。巻き込まれたくなかったら大人しく離れていることだ、ルーチェ。君には恩もあるし、できれば傷つけたくない」


「…………」


 身も凍るほどの冷たさを持って続けられた恐ろしい言葉は、この場にいる人間を黙らせるには充分だった。

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