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【続編】クルスの調べ - 久遠へと続くノクターン -  作者: 緋霧
泡沫の世界(ヨハン視点)
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Side-5

「お前……また私の大切な人を殺すの……? また私から全てを奪うの……?」


 恐怖に目を見開いて、震える声でシアが言う。

 今までのシアからは想像できないような弱々しい姿に、複雑な想いが巡る。


「それが嫌なら早くシエルを解放しろ! ルーチェが死んでもいいのか!?」


「……っ!!」


 首に当てられた剣がわずかに動き、ルーチェの白い首筋から血が滴った。

 ルーチェが痛みに顔をしかめたが、セスに気にする様子はない。やはりセスもまたこの世界に存在する、狂った人間の1人なのだと思い知らされた。


「…………」


 シアがヨロヨロと下がって、シエルから距離を離す。

 今にも泣き出しそうな顔をしている。それだけルーチェが大事ならば、なぜセスの大事な人間であるシエルをこんな目に合わせたのか。シエルを人質に取っていれば安心だとでも思っていたのだろうか。


「ヨハン、シエルを頼む……!」


「……ああ」


 セスの言葉に頷き、震える足を奮い立たせてシエルの元へと駆け寄る。


「シエル」


 仰向けに倒れているシエルの傍にひざまずき、声をかけるも返事はない。反応も示さないので完全に意識はないようだ。


「早く、早くルーチェを解放してよ!」


「シエルにルーチェの血液を投与してからだ……!」


 シアとセスの会話を聞きながらシエルが着ているジャケットの袖を捲る。

 いくつもある古い切り傷の上から赤黒い痣ができていた。吐血したような跡もあるのでおそらく全身を殴打されているのだろう。迂闊に動かすのは危険だ。


「もう大丈夫だからな……」


 腕を洗浄し、消毒してからルーチェの血液を投与する。

 ゆっくりと血液を流し込んでいくと、痣がスゥっと消えていった。徐々に右手の裂傷も塞がっていく。


 そんなシエルの様子を、3人はただ静かに見つめていた。リンフィーだけがシエルの腹の辺りで忙しなく動いている。早く結晶も体内から取り除いてやりたい。


 しばらくするとシエルの目が薄っすらと開いて俺の姿を捉えた。


「ヨ、ハン……さん……?」


「……ああ」


 すぐに目を覚ますことはセスの時に実証済みなので、特に慌てることもなく頷く。


「どう、して……」


「助けに来た。セスと一緒にな。もう大丈夫だ。辛かったな」


 戸惑いと驚きの目を向けるシエルを安心させるようにそう言うと、シエルはゆっくりと上体を起こした。


「セ、ス……」


 そしてセスの姿を目に入れると、彼女は泣き出しそうな表情でセスの名を呼んだ。


「シエル、ごめん……。辛い思いをさせた」


 そんな視線から逃げるようにセスは目を逸らすと、きつく掴んでいたルーチェの腕を離し、その背を軽く押した。


「ルーチェ!」


 シアが叫ぶようにルーチェの名を呼ぶと、躊躇いがちにルーチェがシアの方へと歩いていく。セスは剣を下ろして、離れていくルーチェを静かに見送っていた。


「なにが、どうなって……」


 自分にまとわりつくリンフィーにも戸惑いながら、シエルが俺にしか聞こえない声で呟く。


「立てるか? 傷は癒えてると思うから痛みはねぇと思うが」


「あ、はい……」


 手を差し出すとシエルは素直に握った。立ち上がり様にグッと手を引くと、思いの外しっかりとした動作でシエルも立ち上がる。俺はそのまま手を引いて、3人からさらに距離を離した。


「リンフィー……。結晶が私に埋め込まれているんですね」


 一緒についてきて足に顔をすり付けているリンフィーを見下ろしてシエルが言った。


「……ああ」


「なるほど、だからシアは私の居場所が分かったのか……」


 そう呟きながらシエルはリンフィーの手綱を近くの木材に結び付けた。ショックを受けているような様子はない。シアがそうしたであろうことは分かっている上で、即座に事実を受け入れている。その冷静な様子に俺の方がショックを受けそうだった。


「……じゃあ、始めようか。姉さん」


 そんな俺たちの様子を黙って見ていたセスが口を開いた。


 視線だけで人を殺せそうなほど憎悪に満ちた目で、シアを見据えながら――――。

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