Side-4
「ヨハン、申し訳ないが一緒に来てもらえないか。シエルのことを頼みたいんだ」
「あぁ」
セスの申し出に即答して、俺は準備を始めた。
俺だってシエルを助けたい。一度見捨ててしまった俺が言っても説得力はないかもしれないが、心からそう思っている。
「ルーチェ、お前の血液をもう少しくれ。シエルがもし怪我をしてたら使いたい」
「うん、いいよ」
俺の言葉に素直に頷いて、ルーチェが腕を差し出す。
「……お前、何でシエルを助けたいんだ?」
「…………」
あまりにも従順な様子に思わずそう尋ねてしまったが、ルーチェからの返事はなかった。
俺から目を逸らし、眉を寄せている。きっと彼女なりの葛藤があるのだろう。それ以上を聞くのは憚られた。
◇ ◇ ◇
リンフィーは厩舎に預けられていた。
シアが最初に診療所を訪れた時には当然ながら連れてはいなかったので、場所を特定した後、ここに預けてから来たということになる。何とも周到なことだ。
裏を返せば、リンフィーが反応を示したからシアはシエルがエスタに渡ってきたことが判断できたのだろう。遠くにある結晶が近くに来ればリンフィーは興奮する。まさしくシエル探知機のようなものだ。
セスはルーチェを引き連れているので、リンフィーの手綱は俺が握っている。
散歩に喜ぶ犬のように綱を引っ張って進むリンフィーは、着実に街の外れへと向かっていた。
嫌な予感がする。
人気のない場所に連れ込まれて、何もされていないとは思えない。2人もそういう不穏な空気を感じているのか、表情は険しく、終始無言だ。
リンフィーはやがて、朽ちた倉庫のような場所に行き着いた。
少し離れたこの場所から中の様子は窺えないが、リンフィーの興奮する様子からいって、あそこにシエルがいるのは間違いないだろう。
「ごめんね、ちょっと手荒なことをさせてもらうよ」
「……っ」
セスがルーチェの両手を後ろにまとめて拘束し、腰から剣を抜いた。
腕をきつく掴まれた痛みからか、ルーチェがわずかに顔を顰めた。が、セスに悪びれる様子は感じられない。あまりにも冷酷な表情に、俺の方が恐怖を感じてしまいそうだ。
「ヨハン、準備はいい?」
「ああ……」
そのままの表情で俺を見て確認するセスに俺は頷いた。
それを確認すると、セスはルーチェの腕を掴んだまま彼女の背を押すようにして進み、倉庫の中へと足を踏み入れる。
後に続いて倉庫に入った瞬間、地面を転がり、置いてある木材に体を強かに打ち付けるシエルの姿が見えた。
突然入ってきた俺たちをシアが驚愕の表情で見つめている。だが、そんなことよりも血と泥のようなもので全身を汚して、力なく横たわるシエルの方が心配だ。
「う……ぁ……殺、して……もう、殺して……」
そんなシエルが弱々しく懇願する。
彼女は一度もこちらの方を見ていないので、おそらく俺たちには気づいていない。
「殺して……うぅ……お願い……殺して……」
シエルが浮ついたように同じ言葉を繰り返す。
痛めつけられただろう体を投げ出して、力なく殺してと懇願するシエルの姿に、胸を刺し貫かれたような痛みが走った。
縋るようにセスを見ると、彼はその表情に確かな怒りを滲ませながら、ルーチェの腕を掴む手を震わせていた。
「お前……ルーチェに何をしている!」
呆然とこちらを見つめていたシアが、我に返ったように突然叫んだ。
「それは……それは俺のセリフだ! 彼女に何をした!」
「……ぅあっ!」
セスもまた叫ぶような声を上げ、ルーチェを前に押し出した。
その乱暴な動作にルーチェが悲鳴を上げたが、それに構うことなくセスはその首元に剣を突きつけた。
「ルーチェを離せ……!」
「今すぐシエルを解放しろ! これ以上彼女に危害を加えたらルーチェを殺す!」
シアの要求を遮ってセスが声を張り上げた。
こんなに激しく憤るセスを見るのは初めてのことだ。セスが発している身も凍るような殺気に体の震えが止まらず、手綱がするりと手から滑り落ちた。一目散にシエルの元に走っていったリンフィーがシエルの腹の辺りにしきりに頭を擦り付けていて、そこに結晶があることを教えている。
今すぐにでも駆け寄って救い出してやりたいのに、しかし俺の震える足は動かなかった。




