Side-2
「あいつは……シエルの魂が輪廻した人間だ。シエルであった時の記憶を持ち合わせた……お前がかつて愛した女だよ」
「…………」
真っ直ぐにセスを見つめてそう言うと、信じられないものを見るような目でセスは俺を見つめ返した。泣き出してしまうのではないかと思わせるほどの痛々しさを伴って。
「…………な、ぜ……?」
長い沈黙を経てやっと絞り出された言葉は俺には理解し得なかった。
何が"なぜ"なのか。
彼女が前世の記憶を持ち合わせていることなのか、それともかつて愛し合ったはずの女に刺されたことなのか。
正直、どちらであっても俺は正解を持ち合わせていないわけだが。
「なぜ、彼女が姉と一緒にいたんだ……?」
続けられた言葉は、俺が予想していたどちらでもなかった。
その言葉に俺の思考は一瞬停止して、事態がより重くなっていることを理解した。
「……セスお前、シアにも会ったのか?」
「なんで貴方も姉のことを!? 何がどうなってる!」
俺の肩を掴んでいた手が胸ぐらを掴んできた。
こんなに取り乱すセスを見たのは初めてかもしれない。
「説明してやるから先に答えろ! お前シアに会ったのか!?」
その手を払い除けて俺は声を荒上げた。
まずは俺とセスの認識を共有させなければ話が進まない。
「姉とは話はしていない……。彼女と姉が一緒にいるのを見かけて……彼女が1人になるまで後をつけて……話を聞こうと思って……」
我に返ったのか、弱々しくセスが説明を始めた。
すがるような目で俺を見つめながら。
「で、シエルが剣を向けてきたわけか」
「……先に剣を抜いたのは俺だ。場所を移すために一度気絶させようと思って、でも避けられて……脅すために、剣を抜いた……。そうしたら彼女も剣を抜いて……やりあっている内に貴方の声が聞こえて……」
「……なるほどな」
セスが先に剣を抜いたのか。そりゃシエルに取ったら絶望以外の何物でもなかっただろう。冷静に話などできるはずもない。
「彼女があのシエルだって言うなら、なぜ何も言わなかったんだ……? どうして、あんな本気で俺を……」
「シアに心を殺されたからだよ」
セスの言葉を遮るようにそう言うと、セスは揺れる瞳で俺を見つめた。
◇ ◇ ◇
「…………」
シエルから聞いた話と、ここに来てから今日までの一部始終を話すと、セスは苦しげにきつく目を閉じた。
話の途中でセスが口を挟んでくることはなかった。ただ痛みを耐えるような表情で、拳を強く握って、ひたすらに何かの衝動を抑え込んでいた。
「……それで、彼女は今どこに」
絞り出すような声と共に、セスの目が開かれた。
悲痛な表情なのは変わらない。が、何かを決意したかのような光がわずかに見てとれる。
「ルーチェを送りに行った。戻ってくるとは言ってたが、それにしちゃ時間がかかりすぎている。あいつがお前を刺して本気で後悔していたのは間違いないし、戻ってくるという言葉に嘘も感じられなかった。シアに見つかったと考えるのが妥当かもしれねぇな」
「…………」
長い沈黙。
なぜシエルを黙って行かせたのかと、問われているように感じた。
「ここに全員が固まるのは得策じゃないと思って見送ったが、判断ミスだった。お前がすぐに目を覚ますことは想定外だったんだ。悪い」
「……貴方の判断を責めているわけじゃない。そんな資格、俺にはない……」
俺の言葉にセスは小さく頭を振って再び目を閉じた。
「何であれ、俺の判断が間違ってたことに変わりはねぇ。助けに行ってやりたいが、どこにいるのか……」
という俺の言葉と同時に、診療所の扉が控えめに開いた。
「……ルーチェ?」
診療室におずおずと入ってきたのは、戻ってくるはずのシエルではなく、送り届けられたはずのルーチェただ1人だった。




