第3話
夢を見た。
故郷の夢。
故郷と言ってもシエルの故郷だ。
つまりはエルフの里。
そこで、シエルの母が泣いている。
名をルイーナ。金の髪に青い瞳の、シエルとよく似た顔立ちの女性。
そんな母の隣で、父リンクスが険しい表情を見せている。
2人の向かいにはなぜかヨハン。
3人から少し離れたところに里の医術師、ルザリー。ウェーブがかった銀の長い髪に、緑の瞳をした女性だ。
さらに離れたところには、この里の長もいる。白い髪に青い瞳の男性。名をアルフレッド。20代後半くらいに見えるが、この里では一番長生きしているらしい。
「そうか、シエルが……」
ルザリーがそう一言呟いて目を伏せた。
まるでヨハンが私の死を故郷まで知らせに行ってくれたみたいな、ひどくおかしい夢だった。
確かにヨハンは、昔ルザリーに医術を教えたことがある、なんて話していたが、診療所を空けて、しかもレクシーを置いてまで1人でベリシアの近くにある里に行くなど普通に考えたらあり得ない状況だ。
まぁ、夢だからね。
どうせなら、セスの夢も見たいな。
◇ ◇ ◇
1歳になった。
今日で1歳、と言われたので間違いはない。
体の機能はもうだいぶ発達して、歩くのは問題なくできるようになった。
ミトス語は当然喋れるが、周りの子供たちになるべく合わせて発語をしている。
あれから、状況的にはあまり変化していない。
相変わらず保育園みたいなところで、複数の赤ちゃんが複数の女性に育てられている。
人形と武器、というおもちゃも相変わらずだ。
杞憂した通り、周りの子供たちはキャッキャと笑いながら武器で人形を傷つけて遊んでいる。
それを、女性たちが上手だと褒めている。
吐き気がする。
女性たちは私たちによく絵本も読み聞かせている。
本と言っても前世であったような本ではない。
この世界には複製技術がないので手作りの雑な絵本である。
内容はこうだ。
隣国ダダンは悪い人たちの集まりで、この国を乗っ取ろうとしている。
だからダダンの人間はすべて殺しましょう。
1歳の子供に読み聞かせるにしては物騒な話だが、ここまでくれば別段もう驚かない。
予想通り、私たちは人を殺すために育てられている。
そしてこれを聞いて私は確信した。
ここがリビ大陸だということを。
シエルであった時、誰の口からも詳しく語られることのなかったリビ大陸。
ネリスとエルゴニアの比ではないくらいの紛争状態にある大陸。
生まれたばかりの子供を親元から引き離し、こんな風に洗脳しているなど頭がおかしいとしか思えない。
リンクスが行くなと言っていた理由がよく分かった。
しかしこれでは、そう簡単にここから出られそうにない。
その杞憂が確信に変わったのは、それから1年後だった。
2歳。
たどたどしく言葉を話し始めて、自我がどんどん強くなってくる頃だ。
この頃から、たまに外にお散歩に行くようになった。
お散歩、なんて言うと可愛く聞こえるが、実際は軍事施設を思わせるような無機質な敷地を歩くだけだ。
ここから出る事は叶わないことを思い知らされるくらいの高く厚い壁に囲まれた施設の中を。
そこかしこで戦闘訓練をしている人たちを眺め、いつか貴方たちもああやって武器を取るのよ、と言われながらただ歩く。
そしてここで、とんでもないものを目にした。
3歳、4歳くらいだろうか。私たちよりも少し大きいくらいの子供たちが、笑いながら人を短剣で刺していた。
刺されている人は手足を拘束され、与えられる残虐な行為にただただ悲鳴をあげている。
その光景に、私は戦慄した。
まだ善悪の区別がつかない子供に、なんてことをさせているのか。
いや、善悪の区別がついていないからこそやらせているのだろうか。
人を殺すことを何とも思わなくなるように、いっそ快楽さえ感じるように。
なんて狂った世界だ。