第33話
今思えば、セスが私をシエルだと認識していないのは明らかだった。
おそらくヨハンの元に行く前に私とシアを見つけて、私が1人になったタイミングで捕えるつもりだったのだろう。
私とシアが仲間だと思って、あわよくば人質に、そんな思いもあったはずだ。
冷静に話をすればきっとすぐに誤解は解けた。驚き慌てて、その剣を下ろしてくれただろう。事実セスは、私が下手な真似をしなければ傷つける気などなかったようだから。
でもそんなこと、この時の私には考えられなかった。
私の手に握られた剣を見ても表情1つ変えないセスの様子を見て、殊更に脳内の温度が上がった。
「……抵抗するのか。残念だ」
そう言ってセスが剣を構えた。
そうだな。残念だ。正直、誰よりも私が一番そう思っている。
会えば優しい表情を思い出せると思っていた。
会えば夢の中のセスはすべて嘘になると思っていた。
会えばシアと過ごした辛い日々を忘れられると思っていた。
今度こそ、2人で一緒に生きていけると思っていた。
そう、信じていたのに。
そのすべてが崩れ去った今、私の中に残ったのは絶望と憤りのみだった。
ドラマとかでよくある「お前を殺して私も死ぬ」というのはまさしくこういう状態を言うのだろう。
逆恨みもいいとこだ。
セスからしてみたら何て理不尽だ、と思うことだろう。
でも知るか。
私はすべてを失ったのだ。道連れにするしかこの滾りを鎮める方法などない。
殺気を纏い、剣に纏気を纏わせる。
セスも同じようにその剣に纏気を纏わせた。
それが、合図だった。
セスとの距離を一気に詰めて横殴りに振った剣を、セスが後方へと飛んで躱す。
私はすぐにまた地面を蹴り、今一度距離を詰め今度は逆側から剣を振る。
セスはそれをひらりと舞うように躱し、一瞬で私の背後へと回った。
私の背に容赦なく振り下ろされた剣を、振り返りざまに受け止める。
ギイィィンと金属同士がぶつかり合う耳障りな音が狭い路地に木霊した。
それを押し返すようにして弾き、私は後方へと飛んで距離を離す。
しかしそうはさせないとばかりに、すぐさまセスが距離を詰めてくる。
私はその場から動かず左手を翳し、かまいたちを放った。
セスが驚いたような表情を浮かべてその場で止まり、それを相殺する。
その隙に地面を蹴り、今度は私がセスとの距離を詰めた。
「待って……っ! 君は一体……」
ヒューマである私が無詠唱で術を放ったのが信じられないのだろう。セスが纏っていた気を消して戦いを中断するかのように言った。
でもそんな問答に付き合うつもりはない。
私は動きを止めることなく無遠慮に剣を振り下ろした。
「……くっ」
それを剣で受け止めたセスの口から苦しげな声が漏れた。
纏気を纏わせて力強く振った剣を、何も纏わせていない剣で受け止めたのだ。それは辛いものがあるだろう。鍔迫り合いをしていた剣を往なしてから、逃げるように私との距離を離した。
追い詰めるために私はさらに距離を詰め、セスに向かって勢いよく剣を突き出す。
「お前ら何やって……シエル!!」
その瞬間、少し遠い場所からヨハンの声が聞こえた。
たまたま通りかかったのだろうか。ずいぶんとタイミングがいいものだ。
でももうすべてが遅い。
一度勢いがついた剣を、今さら止めることなどできなかった。
しかし一方のセスは一瞬構えるような姿勢を見せた後、驚きに目を見開いて腕を下ろした。
「シ、エ……ル……?」
無情にも、セスが途切れ途切れにそう呟くのと同時に、私の剣はセスの躰に深く突き刺さった。
私を見つめるセスの瞳には、確かな動揺が見て取れる。
まるで今にも泣き出しそうな表情だ。まさしく過去に愛した彼そのものの切ないそれは、私の煮え滾った怒りを凍らせるには十分だった。
「あ……セ、ス……」
震える手を剣から離すと、その手にはセスの血がべっとりとついていて、さらに体の震えを増幅させた。
「ぅ……ぐ……っ」
「セス……っ!」
苦しげに呻きながら崩れてきた体を咄嗟に受け止める。が、受け止めきれずに一緒に地面へと倒れこんでしまった。刺さった剣がそれ以上深く入らないよう、辛うじて自分の体でセスの体重を支えて、地面との隙間を作る。
「君、は……」
掠れた声が聞こえたのと共に、懐かしい爽やかな香水の香りが鼻腔をくすぐった。




