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第32話

 新しく始まった2人との生活は、思いの外不当なものではなかった。


 短期のギルド依頼を請け負うシアの手伝いが生活の主な部分で、身体を拘束されるわけでも武器を取り上げられたりするわけでもない。暴力を振るわれるわけでもないし、ルーチェの餌にされるわけでもない。ルーチェの餌にはシアがなっていた。何とも言葉にし難い関係性の2人だ。


 当然ながらシアの請け負う依頼は私のギルドランクでは請け負えない依頼ばかりなので、仕事を手伝ってもポイントはもらえない。

 そもそも今までシアは1人でやってきていたわけで、私の手伝いは基本的に必要ない。おそらく私とルーチェを2人きりにしないためにただ連れて行っているだけなのだろう。


 ルーチェは基本的にあの部屋から出ることはない。

 シアの帰りをただひたすらに1人で待ち続け、一緒にご飯を食べて一緒にお風呂に入って、同じ時間に寝る。ただそれだけの生活だ。

 私と2人きりにしないためとは言え、決して広くない浴室に2人で入るのも大変そうだなとか、別にそんなことをしなくともルーチェに何かをするつもりはないのに、と思うのだが、どうでもいい。


 そして、相変わらずヨハンの診療所へは数日置きに訪れている。

 驚いたことに、私を伴って。

 その度にヨハンやレクシーが私を気遣う言葉をくれるのが、今は心の支えになっている。




 ◇ ◇ ◇




 そんな生活が続いて1ヶ月。

 依頼の報告のために訪れたギルドで、シアに特殊依頼の打診が来た。


 なるほど、Sランク冒険者ともなるとギルドの人間が個別に声をかけてくるのか。と感心して成り行きを見守っていた私にシアは使いを1つ命じ、ギルドの人間と共に別室に消えて行った。


 その使いとはユパという果物を買ってくること。正確には果物自体ではなく、中の種が目的である。ユパの種を砕いてエピオスという薬草の汁に混ぜると簡易的な睡眠薬代わりになるらしく、そういうものを使うような仕事も請け負うシアにとっては必需品だ。

 ユパ自体は果物を扱っているお店なら普通に置いているので、シアが話をしている間に買って戻って来れるだろう。


 ギルドを出て街を歩く。こんな風に1人になるのもひどく久しいことだ。

 ユパが売っているお店はヨハンの診療所のある路地を通り抜けて行くと近道なので、帰りにちょっと顔を出してみようか。なんて考えが浮かんでくるくらい解放感に満たされ、心なしか足取りも軽くなる。




 だから、私がその一撃を避けられたのは奇跡だった。




 路地に入ってしばらく進んだ時、背後の風が不自然に動いた気がした。

 その感覚だけで、私は咄嗟に身をひるがえして飛び退いた。


 私のいた場所を、何かが薙ぐ。


「…………」


 それは、人の手だった。

 手刀。私を害するためにそれを繰り出した人間は、私に避けられたことが想定外だったのか、一瞬驚いたような表情を見せてすぐに腰の剣を抜き、身も凍るほどの殺気を放った。


「動かないでもらえるかな。動いたら命の保証はしない」


 そしてその殺気と同じような冷え冷えとした声でそう言った。


「…………」


 殺気がなくとも、その言葉がなくとも、私の体はどちらにしろ動かなかっただろう。




 そこにいたのはシアによく似た、しかしシアよりも背が高く男性的な顔をした人だったのだから。




「セ、ス……?」


 夢の中と同じように髪を腰ほどまで長く伸ばし、人形のような美しくも色のない表情をしたその人は、動揺を隠せない私の様子に僅かに眉をひそめた。


「なるほど、俺を見た第一声がそれなのか。ちょっと話を聞かせてもらえるかな。痛い思いをしたくなかったら大人しく従ってほしいのだけど」


 私に剣先を向けながら告げられた言葉は、頭のどこか遠くの方で響いた。


 どうして。なぜそんな冷たい表情を私に見せるの?

 助けに来てくれると信じていたのに、どうしてそんな冷たい言葉を浴びせるの?

 受け入れてくれると信じていたのに、どうして私に剣を向けるの?

 毎日毎日私を痛めつけていたシアと同じ表情で、貴方も私を傷つけるの?


 じゃあ私は何のために……何のために今まで生きてきたというのか。


「う、うわあああああぁぁぁっ!!」


 心を保っていたすべてが激しい音を立てて崩れ落ちて、私は震える手で腰の剣を抜いた。

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