第31話
人を頼ってみることにした。
セスを信じてみることにした。
だから、助けを待つことにした。
元々、これはヨハンが提案してきたことだった。
数日置きに様子を見に来るシアを警戒する私に、ヨハンがこう言ったのだ。
"全部セスに任せろ"、と。
その言葉を聞いて、不思議とすんなり納得ができた。
セスなら何とかしてくれるはずだ、そう思えた。
セスは強い。
私に守られる必要などないほどに強い。
だから、そう。全部セスに任せればいいのだ。シアが初めて診療所に来たあの時だって、そうやって構えていればよかったのだ。
ヨハンはそうするつもりで穏便に事を済ませようとしていたのだから。
そう考えたらストンと憑き物が落ちたように心が落ち着いた。
あれだけセスに会うのが怖かったのに、早く会いたいとすら思った。
私がシエルだと、結だと知ればセスは受け入れてくれる。助けてくれる。そう信じることができた。
だからこんな状況になっても私の心は別段、騒がない。
「お前どうやってエルナーンから出て来たの?」
どこに向かっているかも分からない道筋を辿りながら、シアが口を開いた。
考えてみればシアとまともに話をするのはエスタに来て初めてかもしれない。
診療所に数日置きに訪れていた時は常にヨハンかレクシーが共にいてくれたからか、シアがエルナーンにいた時の話をすることはなかった。
「あの国に転生者は不要だとカミュー様が」
「ふぅん。で、すんなり出された、と。まぁ、結果としてルーチェを手に入れられたからよかったものの、お前はカミューがルーチェを手放す切り札にはなり得なかったわけだ」
私の答えが面白くなかったのか、シアが馬鹿にしたような口調で言った。
役に立たなかった、とでも言いたいのか。どこまでも癪に障る人だな。
でもここで何か言い返して機嫌を損ねてしまうのはまずい。診療所の場所を知られている以上、ヨハンもレクシーもシアの人質と同等だ。2人を傷つけさせるわけにはいかない。
私が何も返さなかったからか、シアもそれ以上何も言わずにしばらく歩き、この辺りでは比較的小さ目の宿の中へと入った。
と言っても、1階には食堂もあり、長期滞在でも問題なさそうな宿だ。
「シエル……?」
2階に上がって一番奥の部屋に入ってすぐ、聞き慣れない声で名前を呼ばれた。
金の髪に深い緑の瞳をした少女。ルーチェだ。驚きと戸惑いが入り混じったような目で私を見つめている。
「ただいま、ルーチェ」
「……おかえり、シア」
そんなルーチェを気にすることもなく優しく声をかけたシアに、戸惑いながらもルーチェが言葉を返す。
初めてルーチェの声を聞いた。見た目によく合う可愛らしい声だ。とても長い年月を生きているようには見えない。
「今日からお前もここで生活するんだよ、シエル。ルーチェに何かしたら許さないからね」
「シア……」
「分かりました」
シアの言葉に動揺を見せるルーチェを横目に、私は素直に頷いた。それ以外の選択肢など与えられていない。ついでに言えばこの部屋はベッドが2台しかないので、私の寝床も与えられそうにない。久しぶりに床で寝る生活になりそうだ。
「ここ、ベッドが2つしかないよ。シエルはどこで寝るの?」
「床で」
おろおろとした感じで聞くルーチェにシアが即答した。
「そんなの可哀想だよ。もう1部屋とろうよ」
シアの答えが予想通りだった私と違い、ルーチェはそうではなかったのだろう。余計に動揺を見せてシアに縋るように言った。
「いいんだよ。エルナーンにいた時だってそうしてきたんだから。ねぇ? シエル」
「はい」
意地の悪い笑みを浮かべるシアに答える。
またあの下僕時代と同等の日々が戻ってきたのかと思うと、セスの助けを待つと決意した心が折れそうになった。




