第29話
どうすれば分かってもらえるのだろうか。
こんなにもここが心地いいということに。
こんなにもこの場所を失いたくないと思っていることに。
こんなにも、縋ってしまっていることに。
それを守りたいが故に剣を手放せないということに。
どうすれば信じてもらえるのだろうか。
◇ ◇ ◇
結局あの後ろくに話もせず、もう寝ろと言ってヨハンは私に痛み止めを打ち、部屋から出ていってしまった。
何だか消化不良な感じがしてモヤモヤする。
私は一体、ヨハンに何と言ってほしかったのだろうか?
そんなことを考えていたらいつの間にか朝だった。
「痛みはどうだ」
「大丈夫です」
「お前の大丈夫ほど当てにならない言葉はねぇな」
「えぇ……?」
朝食を持ってきてくれたヨハンとよく意味が分からないやり取りをする。
ヨハンからは当てにならないと言われたが、本当に痛みはさほどないのだ。動きさえしなければ、だけど。
「んじゃお前、体起こせんのかよ?」
「……それは無理ですね」
「痛ぇんじゃねぇか……」
私の返答に呆れ顔を見せて、ヨハンは朝食を口に運んでくれた。
まさかのヨハンからのあーんである。
「自分で食べられます……っ」
「怪我人は黙ってろ」
レクシーからされるのとは訳が違う。そう思って抵抗を試みるも、その一言で片付けられた。結果、羞恥に耐えながら朝食を摂ることになってしまったのである。
◇ ◇ ◇
結局、体を起こして自分で食事が摂れるようになるまで数日を要した。歩けるようになるまではさらに数日。
治癒術があるこの世界で、何とも悲しいことだ。
その間にシアは2度ほど来た。
私に来いとも言わずに、診療所の様子を見てすぐに帰っていく。セスがいるかいないかの確認をしているようだった。
それから3ヶ月。
私は現在、ヨハンの診療所で雑用兼、診療サポート要員として雇ってもらっている。
以前ヨハンが私とヨハンの2人だけでここに住むのは問題だと言っていたのだが、私の居場所が何かしらの方法でシアに把握されている以上、ここから離れるのも危険だということで結局住み込みだ。
まぁ、でも、レクシーが頻繁に来てくれているので今のところ問題はない。と思う。
ヨハンがギルドを通してくれたお陰で、ランクもDまで上がった。
何のしがらみもない状態だったらベリシアに行ってデッドライン派遣に参加したかったのだが、相変わらずシアは数日置きにやって来るし、セスがいつ来るかも分からないので、地道にポイントを貯めていこう。
ヨハンに、セスは最後にいつ来たのかと聞いてみたら、3年前だという答えが返ってきた。以前は2年に1度は来ていたらしいのだが、あの一件以降、頻度はバラバラになってしまったのだそうだ。それでもまだ来てくれるだけいい、と呟くヨハンの顔は苦しげだった。
ならばそろそろ来る頃合いなのだろうか。いきなりスッと診療所に入ってこられたら、私は一体どんな顔をすればいいだろう。
しかしそんな心配は無用だとばかりに、いつものように診療所を訪れてきたシアが、前触れもなく突然剣を抜いた。
「何の真似だ、シア」
診察室内でいきなりそんな暴挙に出たシアに対し、ヨハンが怒りを滲ませて言った。
それだけではない。シアの腕はレクシーの首を締め上げ、抜いた剣はレクシーの胸へと向けられている。まさしく人質、というわけだ。
たまたま今誰も患者がおらず、たまたま診察室に私とヨハンとレクシーが揃っていて、たまたまそこにシアが来た。その瞬間の出来事だった。
まるでこういうシチュエーションになるのを、この3ヵ月狙っていたかのように。




