第2話
どれくらい日時が経過したのかは分からないが、だいぶ目が見えるようになってきた。
無機質な印象を受ける病院、という感じの場所に私はいる。
そしてどうやら今回は女として生まれ変わることができたようだ。
念願の女子。種族はヒューマ。
ガラスに映った自分の姿を見た感じでは、黒髪に金の瞳という黒猫のような見目麗しい容姿だった。
喜ばしい。
しかしながらその喜びを分かち合える人間はここにはいない。
この部屋にいる赤ちゃんをお世話する人間は、無言で淡々と事務的にそれを行っている。
語りかけてくることもなければ、笑いかけてくることもない。もちろん、泣いている赤ちゃんを抱き上げてあやすこともない。
たまに来る医術師らしき人間も、同様に淡々と赤ちゃんに接している。
赤子の様子に異常があるかないか、という会話しか行われていないので、状況の把握が全くできていない。
母親らしき人間も、やはり一度として来ていない。
おまけに一度として名前も呼ばれていない。
たまに聞こえる「B125-381番」というのが私に付けられている番号のようだ。
赤ちゃんを番号で呼ぶとか、この国はどうなってるんだ。
◇ ◇ ◇
前世で生きていた頃、ローマ帝国の皇帝が行ったとある実験の話を聞いたことがある。
生まれたばかりの赤ちゃんを50人集め、生きるために必要なお世話だけして一切スキンシップを取らない。そうした時に、その赤ちゃんたちは最初に何を話すのか、という実験だ。
結果は、1歳を迎える前にすべての赤ちゃんが死んでしまった、という恐ろしいものだった。
今の状況はまさしくそれをやらされている感じがする。
死ぬ。意識をはっきり持っている自分はどうなるのか分からないが、ここにいる他の赤ちゃんたちはこのままだとおそらく死ぬ。
何なんだ、この理不尽な状況は。
とりあえずまずは、今自分が置かれている状況を理解しなければ。
そして、自由に動けるようになったらすぐにでもヨハンのところに行きたい。
そうすれば、いつかセスに会えるだろうから。
◇ ◇ ◇
それから、やはりどれくらい時間が経過したのかは分からないが、やっと状況が改善された。
場所が移され、お世話をする人間が男性から女性に変わった。
それも複数の。
1つの部屋で何人かの赤ちゃんが自由に遊んで、それを見守る複数の女性。まるで、保育園のような状況だ。
泣けば優しく笑いながらあやしてくれるし、語りかけも頻繁に行われている。ただ虚しく泣いているだけだった赤ちゃんたちも、だんだんと笑顔を返せるようになってきた。
私もこんなところで訳も分からず死にたくないので、適当に泣きまねしてたまに抱き上げてもらっている。
最近では首が座り、寝返りもできるようになってきたところだ。ズリバイするにはまだちょっと力が足りないので、訓練中だ。
しかしながらおかしい点はまだかなりある。
母親らしき人間にはまだ会えていない。
お世話をするこの複数の女性の中にはおそらくいない気がする。
そして、相変わらず番号で呼ばれている。
笑顔で「B125-381番ちゃん」とか言われるのだ。正直、呼ばれるたびに恐怖で鳥肌が立つ。
それともう1つ不気味なのが、赤ちゃんたちに与えられているおもちゃが人形と武器を模したもののみということだ。
この時期の赤ちゃんはまだ意味を持ってそれを遊ぶことはできない。
それらを口に入れたり、振ってみたり、投げてみたりしているだけだ。
でもきっとそのうち武器を持って人形を傷つけるような遊びをし始めることだろう。
そうするように、ここにいる女性たちが誘導している。
笑顔で、刃物のおもちゃを人形に突き刺している。
ここまでで与えられた情報を整理すると、どうにもここに集められた赤ちゃんたちは人を殺すために育てられているとしか思えなくなってくる。
一体どこの国がこんな馬鹿げたことをやっているというのか。
暗殺者であったセスも、こんな風に育てられたのだろうか。
ふと、そんなことが頭をよぎった。