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第28話

「どうしよう、レクシー。ヨハンさんを怒らせちゃった……」


「そりゃあね~。言っとくけどあたしも怒ってるからね、シエル」


「えぇ……?」


 食事を持ってきてくれたレクシーに泣きつくと、レクシーも頬を膨らませてそう言った。

 エラルド族という魔族であるレクシーには、この診療所内の会話はすべて聞こえるらしいので、私とヨハンのやり取りも把握しているのだろう。レクシーもヨハンと同意見というわけか。


 どうやら今は夜で、ちょうど夕食の時間のようだ。先ほどレクシーがヨハンと共に来なかったのはこれを作ってくれていたからだったのだろう。


「はい、あーん」


 体を動かすことはまだ無理なので、レクシーが可愛らしくあーんしてくれた。今回の夕食はパンをミルクで煮込んで甘く味付けしたものだ。この世界では病人食として割と一般的に出されている。


「美味しい……」


 思わずそう呟くと、レクシーが嬉しそうに笑った。


「シエルのためを思って作ったんだもん。当然でしょ」


「…………」


 何気ないはずのその一言に、なぜか自然と涙が零れた。


「シエル……」


 それを見たレクシーが、驚きと悲しみが入り混じったような表情を向ける。


「おかしいな、ごめん。何で泣いてるんだろ、私」


「……今まで誰も優しくしてくれる人がいなかったんだもんね。でももう大丈夫。あたしもヨハンもシエルの味方だからね」


 レクシーがフッと柔らかい笑みを浮かべ、優しい口調でそう言いながら私の頭を撫でた。


「レクシー……」


 お母さんのような温かさに、嬉しさで胸が締め付けられた。

 溢れる涙は留まることを知らず、枕を濡らしていく。


「レクシー、ごめん。ごめんね。無茶なことして。心配かけてごめん」


「いいよ。シエルが無事だったから。後でヨハンにも謝ろうね」


「……うん」


 レクシーはまるで小さい子をあやすみたいに、ずっと私の頭を撫で続けてくれた。





 ねぇ、セス。


 セスも私に優しくしてくれますか。






「……無茶なことしてすみませんでした。自分の事しか考えずに、ヨハンさんもレクシーも傷つけてしまって。本当にごめんなさい」


「…………」


 夜中、様子を見に来てくれたヨハンに謝ると、ヨハンは険しい表情を崩さないまま無言で私を見下ろした。


 私が眠っている間、レクシーは泊まり込みで私の傍にいてくれたらしいのだが、今日はどうしても一度帰らないといけないと言って帰ってしまった。今はこの診療所にヨハンと2人きりだ。ここで謝らないとタイミングを逃してしまうと思って勇気を出すも、ヨハンが何を考えているのか窺い知れずに私の心臓は早鐘を打っている。


「……違うだろ。お前が考えてるのは常に他人の事だけだ。だからこうやって自分の命を二の次に回す。自分の命を大事にするということを、お前はちゃんと理解していない。このままじゃまた同じことを繰り返すぞ」


「…………」


 長い沈黙の末に返って来た言葉が鋭すぎて、逃げ出したいと思った。


 ヨハンの言葉はまるで鋭利な刃物のようだ。

 それが容赦なく私の弱い部分を抉ってくる。


 痛くて痛くて堪らない。


「元々お前はそういう傾向があったけどな。転生してからの環境でなおさらにそうなっちまった。今のお前に必要なのは、心から信用できる人間を得ることだ。信じて、頼ること。飯の時に背中の獲物を部屋に置いてこれるくらいにな」


「…………」


 確かにヨハンの元を訪れたあの日、ご飯ができたと呼ばれた時に私は腰に短剣を携えた。別にヨハンを警戒していたわけじゃない。長剣はさすがに置いていくか、と考えた時にそれじゃ心許ないと思って短剣を持って行っただけだ。

 それがあったからシアに切りかかりに行ってしまったわけだが、ヨハンは自分を警戒してのものだと思ってしまったのか。


 こんなにも、ヨハンやレクシーの優しさに甘えてしまっているというのに。

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