第27話
「痛むだろ。今痛み止め入れてやる」
ノックの返事を待たずして部屋に入ってきたヨハンが開口一番そう言った。
手に持つトレーの上には注射器とガーゼが乗せられている。
レクシーはいなかった。一緒に戻ってくると予想していたのだが、家事をやりにいっているのだろうか。
「ヨハンさん……すみません。助けていただきありがとうございました。シアはあの後どうしたんですか……?」
ヨハンに謝らなければならないことは山ほどあったが、まず先にそれを確認したかった。シアはここにいればセスに会えると確信しているようだったので、もしかしたら今もまだここにいる可能性だってある。
「あの後すぐに出て行った。それから3日経ったが一度も来てねぇな」
しかしヨハンからの返答はそんな私の予想とは反したものだった。
「私、3日も眠っていたんですね……」
「眠らせてたのは俺だ。危ない状態だったからな」
「……そうなんですね。すみませんでした。私のせいでこんなことになってしまって」
「……お前のせいじゃねぇだろ」
そう言ってヨハンは私の腕に消毒液を塗り始めた。
私のせいじゃない、と言ってくれたものの、その表情は険しい。心の中では怒っているのだろうか。それはそうか。ヨハンには迷惑をかけすぎた。
「チクッとするぞ。力抜いとけよ」
この世界に来て初めてそのセリフを言われたな、と思いつつ力を抜く。
もう注射は慣れた。注射どころか、痛み自体に慣れてしまった。
「突き飛ばしてしまったのもすみません。ああしないと貴方は私を止めるかもしれないと思って」
「……そりゃあな」
痛み止めを打ってもらってる間に謝ると、当然、とばかりの返事が返ってきた。
あの時もし、ヨハンを突き飛ばさずに無理やり脇をすり抜けたら、ヨハンは私の腕を掴んで制止しただろう。実際、シアに向かって行く私にヨハンはやめろと叫んだ。
シアを殺そうなど、いくらなんでも横暴だというのは自分でも分かっている。この世界において珍しいことではなくとも、異世界から来た私たちには異常な行動だ。医者であるヨハンなら、なおさらそう感じるだろう。
「頼むから無茶なことはやめてくれ。お前今回本当にやばかったぞ。ここで死んだら何にもならねぇだろうが……」
注射が終わると、苦しげにそう言ってヨハンは私に背を向けた。まるで、同じく苦しげに歪ませたその表情を私に見せたくない、とばかりに。
「でももう、そうするしかないと思いました。この場所をシアに知られてしまった以上、あの場で殺さないともっとみんなを巻き込んでしまうことになる。私のせいで大切な人が傷つくのは耐えられないんです」
「……そうだろうな。お前はそういうやつだ。あの時もそうやって自分を犠牲にして俺たちを守ってくれたもんな。でもな、シエル。大切な人が傷ついて耐えられねぇのはお前だけじゃねぇんだよ。あの時お前を失って……そんなお前に守られた俺たちが、セスがどれだけ辛い思いをしたのか考えろ……!」
「…………っ」
背を向けたままのヨハンから絞り出された言葉が、私の心を深く抉った。
私を振り返ることもなく部屋を出て行ったヨハンを引き留めることもできなかった。
静寂が訪れた室内に、自分の心臓の音が煩く鳴り響いている。
ヨハンの言葉尻には確かな怒りが込められていた。本気で怒らせてしまったのは間違いない。やばい。どうしよう。ヨハン怖い。
なのにどうして、私は今嬉しいとも感じているのだろう。




