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第25話

「こんばんは。いい夜ね」


 聞きたくもない声が耳を突く。

 見たくもない光景が目に焼き付いた。


 シアがそこにいるという、信じたくない現実が私に牙を剥く。


 なんで。どうして。しかし体が震えてその疑問を口に出すことはできなかった。


「なるほど、確かにそっくりだな。だがお前はお呼びじゃないんだよ。出てけ」


 私の前に立つヨハンが、ドーム型にくり抜かれた出入り口の縁に手をかけて言った。

 診察室と廊下を繋ぐ出入り口は人が1人通れるくらいの幅しかないので、ヨハンがそこにいる以上、私はそれ以上診察室へ踏み込むことはできない。


 まるで、ヨハンがシアから私を守ってくれているかのようだ。

 いや、実際そうしてくれているのだろう。


「へぇ。ってことは貴方はセスを知ってるってことよね。やっぱりお前にはセスに会える算段があったわけだ。ねぇ、シエル?」


 ニヤリと笑ってシアが言う。


「……っ」


 今までに幾度となく見て来たその笑みが、一度は安堵を得たはずの心を絶望の底へと突き落とす。

 私の体を、恐怖で縛りつける。


「どう、して……どうしてここに……」


「ふふ、どうしてだろうね? お前が私のものだからかな?」


 やっとその疑問を絞り出した私に、シアはさらに笑みを深めて意味深に返した。


「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ。シエルは物じゃねぇんだよ」


 シアに全く物怖じすることなくヨハンが言う。

 ヨハンの背中が頼もしかった。縋りたいとすら思えるほどに。


「威勢がいいのね。でもあんまり吠えるとその口を塞いじゃうわよ。そうなる前に大人しくその子を返してくれると嬉しいのだけど」


「返せだと? 一度シエルを捨て駒にしといて、ずいぶんと都合がいいじゃねぇか。それで俺が大人しく分かりましたと言うとでも思ってんのか?」


「ふふっ……本当に威勢だけはいいわね」


 ヨハンとの問答を楽しんでいるかのように、シアは妖艶ようえんに笑う。

 ひどく余裕の見える笑みだった。それはそうだろう。シアには私とヨハンをまとめてどうにかするくらい、何てことないはずだ。いくらヨハンが強気で出てきても、恐れることなどないだろう。


『ねぇ、シエル。彼、なかなか綺麗な顔してるわね。その顔を苦痛に歪ませたらどんな声で鳴くのかしら?』


 その思考を表に引きずり出されたと思うほどジャストなタイミングで、シアが脅し文句を口にした。


 アルディナ語で。私にだけ分かるように。


 恐怖で体が震え上がった。

 自分を傷つけると言われるよりも、怖かった。


『……やめてください。彼を傷つけないで……。貴女に、ついていきますから……』


 私もアルディナ語でそう返す。


 シアならば本気でその通りにしてしまう。

 それはダメだ。ヨハンをこれ以上巻き込んではいけない。


 許せなかった。唯一の味方すら奪おうとするシアを。仮初かりそめの自由を信じてヨハンに甘えてしまった自分を。


『アルディナ語なら俺に分からないと思うなよ。シエルは行かせねぇって言ってんだろが』


 突如アルディナ語で割り入ってきたヨハンに、私もシアも目をみはった。


 その言葉には怒りが含まれている。


『へぇ。アルディナ語もできるんだ。意外ね。ダークエルフである貴方がアルディナ語を学んだって役に立たなそうなのに』


『まさに今役に立ってんだろーが。ごたごた言ってねぇでさっさと出てけよ。二度と来んな』


 面白そうに笑うシアに、相変わらず怒りを滲ませたままヨハンが返す。

 しかしこのままではもっと巻き込んでしまう。今すぐヨハンの背に縋って、もういいからと言いたかった。


『嫌よ。だって、待ってればここにセスが来るんでしょ?』


『あいつの都合なんて知るか。姉弟げんかに俺たちを巻き込むんじゃねぇよ。そもそもお前はセスからずっと逃げてたんだろ。わざわざ殺されに出向いてくるつもりか?』


『まさか』


 ヨハンの言葉にシアが鼻で笑った。

 苛立ちを覚えるような、挑発的な笑みだった。


『セスの目の前でシエルを殺してやるのよ。私が味わった痛みと同じものを、あいつに与えてやる』


 そしてその顔を一瞬で憎悪に歪め、唸るように言った。


『……っ』


 そのあまりの醜悪さに、私とヨハンは揃って息を呑んだ。

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